第39話

「おいベアトリクス嬢! 怪我をしたのか!? 大丈夫かっ!?」

「えっ!? わたくし怪我なんて――」

「しっ!」


 口の前で人差し指を立てて、ベアトリクスに訳ありそうな視線を向けて黙らせる。

 意味が分からないベアトリクスは反論しようとするが、彼女が言葉を発する前に言葉を発した者がいた。


「ベアトリクス様! どうされましたか!?」


 はっと振り返ると、ミカエル昨日の女性が小走りでこちらへ駆け寄るところだった。

 昨日と同じく銀色の長髪をポニーテール風に結わえ、女性冒険者の格好をしている。女性になっても抜群のスタイルであり、長い足であっという間にベアトリクスのもとへたどり着いた。


「え? ミカエル様……?」


 こんなタイミングよく現われる、なんてことがあるのだろうか。

 目を丸くするベアトリクスの肩を掴むミカエル。銀色の長いまつ毛に縁どられた瞳には、心配の色がありありと浮かんでいる。


「お怪我をされたのですか? ちっ。怪しい者は見かけませんでしたので、よほどの手練れと見受けますね。それよりルシファー、あなたが付いていながら何事ですか! 早く治癒魔法で治しなさい。全く、やっぱり追放王子なんかじゃベアトリクス様の護衛は務まらないですね」


 ぺらぺらとまくし立てて、ルシファーを睨みつける。

 その威圧を含んだ視線をものともせず、ルシファーは実に愉快だという風に笑った。


「ストーカーの怖いところって、自分はまともだと思ってるところだよな」

「は? 何か言いましたか?」


 右眉をぴくっと上げて反応するミカエルに、おお怖いというように両手を上げて肩をすくめるルシファー。

 ベアトリクスはというと、女性になってもなお美しいミカエルと精悍なルシファーのツーショットは絵になりますわねなどど、全く関係のないことを考えていた。


「まあそれよりだな。朗報だ。ベアトリクス嬢がお前の家に行きたいらしい」

「べベっ、ベアトリクス様がわたしの家に、ですか?」


 驚いたミカエルがベアトリクスの方を見る。

 彼女は大きく頷いた。


「ええ、そうなの。殿下に魔法をかけられて女性になったと聞きました。何かお困りのことがあるんじゃないかと思いまして。……でも、昨日も今日も普通に出歩いてらっしゃるみたいですから、わたくしの出番はないかしら?」

「いいえっ! とても困っております! 困りすぎて家でじっとしていられなかったのです!」


 目を爛々と光らせて、食い気味に返事をするミカエルに気圧されるベアトリクス。


「そ、そうですの? ではお家まで案内してくださるかしら。今、あなたの家が分らなくて困っていたところでしたのよ」

「そうだったのですね。では早速行きましょうか。――ルシファー、もしかしてあなたも来るのですか?」

「当り前だろう」


 その答えに、ミカエルははあとわざとらしくため息をついた。

 彼の様子を見てルシファーは抗議の声を上げる。自分だって好きでこの男の家に行きたいわけではない。ベアトリクスが行くというから、仕方なく護衛のために着いていくのである。


「おい。俺だって嫌だぞ。何が楽しくて野郎の家に行かなきゃいけないんだ」

「はいはい、分かりましたよ。さっさと犬に戻ってください」

「戻るってなんだよ! 俺は人間だ!」

「さあ、ベアトリクス嬢。行きましょうか。歩くと少々かかりますので、大通りで馬車を拾いましょう」

「くそっ、無視するな!」


 テンポよく言い合う様子を見て、お二人は意外と仲良しなのかしらと微笑むベアトリクスである。

 道中も小競り合いをしつつ、一行はミカエルの家へと向かったのであった。

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