第38話

翌朝。

 寝不足のルシファーと、すっかり元気になったベアトリクスは、いつものように食卓を囲んでいた。

 今日のメニューは、小麦粉を練った上にトマトソースと薄切りソーセージを乗せて焼いたものだ。腹持ちがよく塩味が癖になる一品で、二人が気に入っているメニューである。


「――そういえば殿下。昨日の女性はどなただったんでしょう? 突然現れたうえ、とてもお強そうでした。只者には見えなかったですわね」


 温かいお茶を飲みながら、ふと思い出すベアトリクス。


「ああ、あいつか」


 ルシファーは焼きたての食事にぱくりとかぶりついたのち、一拍置いて答える。

 口元に付いたトマトソースをナフキンで行儀よくふき取ったのち、にやりと笑った。


「あれはミカエルだ」

「みっ、ミカエル様ですって!? ご冗談を、どう見ても女性でしたわよっ!?」


 お茶を吹き出しそうになり、慌てて口元を抑えるベアトリクス。こほこほと小さく咳込む。

 驚き慌てるベアトリクスを見て、彼は満足気な表情を浮かべた。


「性別が変わる魔法をかけてやったんだ。いやー、いつか使ってみたかったんだよな。めちゃくちゃ魔力を使ったけど、上手くいってよかったぜ」

「えぇ……」


 殿下もユリウス様のことを言えないのでは……? 容赦がないというか、国王陛下の頭髪を消去した件といい、えげつないことするわよね。とベアトリクスは呆れる。


「くくっ。まあ大丈夫だ。残念だが、一か月もすれば元に戻る」

「左様ですか……」


 永久的なものではないことにホッとしつつ、ミカエルを気の毒に思う。急に女性になってしまって、いろいろ困っているのではないだろうか。ミカエルとして仕事も受けられないだろうし、街に出ることもままならないかもしれない。

 そもそも、元をたどれば自分が暴漢に襲われたことが原因である。助けに来た結果ルシファーによって女性にされてしまったミカエルは被害者だ。


 ベアトリクスは一つ決意をした。


「わたくし、今日はミカエル様のお家に行ってきますわ。お困りのことがあったら力になりたいので」

「はあ!? あいつの家に行くだって!?」


 不機嫌な声を上げるルシファーに、何をそんなにへそを曲げることがあるのかと不思議に思うベアトリクス。

 自分のせいでミカエルに迷惑をかけてしまったのだから、当然である。


「ベアトリクス嬢が行く必要はない。気になるなら、俺が様子を見に行く。それでもいいだろう」

「いいえ。殿下がまともにミカエル様を助けるとは思えませんので、わたくしが行きます」

「うっ」


 図星を突かれて押し黙るルシファー。


 朝のゴミ拾いを終わらせて、昼頃から向かうことにする。

 ベアトリクスは朝食を食べるスピードを上げ、黒い犬と共に意気揚々とゴミ拾いに出かけるのだった。


 ◇


 ゴミ拾いを終え、屋敷に戻って昼食をとった二人。

 さあミカエルの家に行こうと再び外に出る。今日は気持ちのいい秋晴れで、穏やかな陽の光が降り注ぐ。


「では、すみませんが殿下。道案内していただいてもよろしいですか?」

『ん? 俺はあいつの家なんか知らないぞ』


 黒い犬が紫の目で見上げながら、ぴっと耳を横に倒す。


「ええっ、そうなんですの!? てっきりご存じなのかと勘違いしておりましたわ。どうしましょう……」

『お前が知っているのかと思っていた。……まあ大丈夫だろ。少し待っていろ』


 そう言うと、ルシファーは周囲に通行人がいないことを確認して瞬時に人型に戻る。

 そしてぱっと憔悴した表情を作り、わざとらしく声を上げた。

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