第36話

金属と金属がぶつかり合う音が鼓膜を震わせた。


 斬られる覚悟を決めていたベアトリクスだが、予想外の音に驚いて目を開ける。

 目の前には二つの背中があって、二人がかりでユリウスの剣を受けている光景を目の当たりにした。


「殿下! と……どなた?」


 もう見慣れた黒髪に大きな背中はルシファーで。その隣で剣を受ける華奢な背中は――女性?

 背は高く、長い銀髪を結わえている。女性冒険者らしい服に包まれた身体の線は細くて華奢なのに、ユリウスの剣を受け止める姿は熟練の騎士のように美しいフォームだ。


 二人に守られている状況、そして突然現れた人物に呆気にとられるベアトリクス。

 しかし、ルシファーに驚く様子はなかった。それどころか、隣で剣を支える彼女の方を向いて、にやりと笑った。


「くっ。居ると思ったぜ、ストーカー野郎」

「――あなたがもたついているから、ベアトリクス様に危害が及ぶところだったんですよ。感謝してほしいですね」

「……お前は誰だ」


 剣を振りおろし、ユリウスが低い声で唸る。

 突然現れた女性は金色の瞳を細め、不敵に笑う。戦いなど怖くない、むしろこの状況を楽しんでいるかのような、戦士の笑みだった。


「名乗るほどの者ではありません。――ルシファー、ここはわたしが。実に不本意ですが、あなたはベアトリクス様とここを離れた方がいいでしょう」


 ユリウスが放つ牽制の打撃をいなしながら、女性は冷静に言う。


「今日はベアトリクス様の誕生日です。そんな日に命を落とすなどあってはならない。さあ、早く」

「……恩に着る」


 彼女と瞬時に視線を交わすルシファー。

 そして素早い動きでベアトリクスを両手で抱え、ユリウスの横を走り抜けた。


「ちょっと、殿下っ!?」

「おいルシファーにゴミ屋敷。逃げるのか!」


 追いかけようとするユリウスの前に女性が立ちはだかる。

 ただの女性冒険者とは思えない堂々とした態度と研ぎ澄まされた殺気に、ユリウスはぐうと唸り声を漏らす。


「あなたの相手はわたしですよ、騎士団長のユリウス殿下。あなたとはいつか戦ってみたいと思っていたのです」


 彼女は右手に持った剣を構えたまま、左手でゆっくりと右腰の剣を抜く。

 両手にぎらりと輝く剣を構えた彼女は、背筋が凍り付くほど美しい。獲物を定めた銀狼のようにユリウスを捉え、華麗に地を蹴った。


 ◇


 ベアトリクスを抱えたルシファーは、あっという間にゴミ屋敷へ帰り着いた。

 そして屋敷に張り巡らした結界を確認し、守りを強化する魔法陣をいくつも展開して警備を強化した。


「あいつがいつここに来るか分からないからな。外出するときは俺が常に護衛をする。危険だから、極力一人にならないでくれ」


 真剣な顔で彼女と向き合うルシファー。

 しかしベアトリクスは困ったように眉を下げた。


「お気持ちはありがたいですけれど、わたくしが不敬な発言をしたことは事実です。処刑されることに異議はございませんわ」


 ぎゅっとドレスの裾を握りしめる姿に、なんて真面目で素直な令嬢なんだとルシファーはため息をつく。明朗快活なゴミ屋敷令嬢とはいえ、まだ十八の令嬢だ。あんな大男に斬りかかられて、怖くなかったはずがないのに。

 共に暮らしてきたなかで、彼はベアトリクスが年相応の令嬢であることについても、正しく理解するようになっていた。


 ゆっくりとゴミ袋に膝をつき、不安と困惑に揺れる青い瞳を見上げる。ドレスを握る手をとると、小刻みに震えていた。ルシファーはその手をくるみ、できるだけの穏やかな声を出した。

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