第34話

ユリウス王子は、端正な顔立ちこそルシファーと似ているものの、体つきはまるで違った。

 服の上からでも分かる盛り上がった胸筋に、ベアトリクスのウエストより太い太もも。がっちりした長身は、騎士団の白い衣装がとても似合っていた。王国中の男が憧れるような、見事な体格である。

 ルシファーと同じ黒髪であるが、くせ毛を伸ばした髪型ゆえ、イメージはかなり違う。長めの前髪からのぞく赤い瞳が怪しく光る。


「お前、何でこんなところにいるんだ? ここは王族あるいは高位貴族しか使えない店だぞ」

「……」


 ぎゅっと唇を噛み、黙り込むルシファー。

 二人の関係性はよく分からないが、空気が悪いことだけはベアトリクスにも理解できた。


「あ、あの、ユリウス殿下。わたくしがルシファー殿下にわがままを言ったのですわ。美味しいご飯が食べてみたいですと」

「ご令嬢。わたしは口を利くことを許可していない」


 ぎろりと睨みつけられて、ベアトリクスははっと息をのむ。

 慌てて礼をして、失礼いたしましたと頭を下げた。


 ユリウスの後ろに控えるカロリナが、申し訳ないというジェスチャーをしている。

 男を立てて女性は一歩引く文化のグラディウスでは、婚約者とはいえ王子に強く出ることはできない。


「ルシファー。いいか、お前は追放されたんだ。未練がましく王都をうろつくんじゃない」

「……申し訳、ありません」


 全く心のこもらない声で、とりあえず謝るルシファー。

 今や彼は平民同然の身分で、相手は第三王子である。昔のように気易く言い合うことは許されないのだ。反論せずに、相手の気が済むのを待つのが最善策だ。


 ふてぶてしい表情のルシファーに、ユリウスは苛立ちを募らせる。つま先を大理石の床に打ち付けながら口元を歪めた。


「全く。――魔法の才能があるとか何とかで持て囃されていたが、お前が居なくても全く問題ないからな。お前などゴミのようなものだったと、皆口を揃えて言っている」

「……」

「相変わらず貧弱な身体だな。ああ、筋肉がつかないんだったか? 可哀想になあ。ま、そんなゴミのようなお前の居場所はこの国にはない。早いところ出ていけ」


 ――なぜそこまで言われなければいけないのか。ユリウスの言うことなど右から左へ受け流そうとしたルシファーだったが、悔しさがふつふつと湧きあがってくる。


 俺は努力をした。それこそユリウス以上に朝から晩まで鍛錬をしていた。手の豆が潰れて血が滲み、筋肉痛で立てなくなるほどに追い込んだ。

 魔法だって、鬼のような師匠によって何度も死にかけながら習得した技術だ。爆発に巻き込まれて重度の火傷を負ったり、深淵に飲み込まれて冥界に堕ちそうになったりしたことだってある。お前はそんな経験したこともないだろう。

 なんなら好戦的な父王による従軍経験も自分の方が上だ。前線で俺が敵の数を大幅に減らした後ユリウスが出てきて、最後の美味しいところを搔っ攫っていくのが常だった。


 くそ。一発ぶん殴ってやりたいが、トラブルを起こしてベアトリクスの誕生日を汚したくない。とにかく我慢してこの場をやり過ごすのが正解だ――。


 どうにか自分を納得させたルシファーだったが、その決意は次の瞬間無駄になった。


 しなやかな肌色がびゅんと音を立てて空を斬る。さらさらとした金髪が躍動し、一瞬だけふわりと甘い香りがした。その鮮やかだが信じられない光景に、ルシファーとカロリナは目を見開いた。


 ――ベアトリクスが、ユリウスにハイキックを繰り出していた。

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