第33話

「もちろん祝うためだ。お前、自分のことはいつも後回しだろう。ゴミ拾いだの、家のことだのって毎日忙しそうだし。……誕生日だって、特に何もする様子がなかったから。俺が祝って驚かせてやろうと思ったんだ。悪いか」


 照れるあまり、最後の最後でひねくれが出てしまうルシファー。


「いいえ。とても、とっても嬉しいですわ。誕生日を祝っていただけるなんて、思ってもみませんでしたから」


 目じりに浮かんだ涙を人差し指でぬぐいながら、ベアトリクスは花のように笑った。

 その無垢な表情に、ルシファーの心臓はどくりと跳ねる。


 もう、好きだと言ってしまおうか――――?


 しかし、自分はまだ何者でもない。つい先日までぐうたらしながら彼女の屋敷に世話になっていた男だ。そんな奴に今好きと言われても困るだろう――。

 そう悩み始めたとき、隣から女性の声が上がった。


『――お隣、ベアトリクス様ですって? もしかして、ブルグント伯爵様のところのベアトリクス様かしら。殿下、少し席を外しても?』

『ああ、構わない。知り合いか?』


 まずい。カロリナ侯爵令嬢がこちらに来るのか!? ルシファーは、ばっと庭の方に顔を背ける。兄の婚約者である彼女とは何回か顔を合わせたことがあるからだ。自分がここに居ることがバレたら、兄がなんと言うか――。


 今すぐにでも逃げ出したい。しかし、美味しそうにデザートを頬張るベアトリクスを一人残していくわけにもいかない。手洗いに行くには、隣のテーブルの前を通らねばいけない位置にあるし――。


『まあ、そうですね……。ゴミ屋敷令嬢、と言えば殿下もご存じなのではないでしょうか。昔、親しくしておりまして』

『ああ! その名なら聞いたことがある。それにしても、ゴミ屋敷令嬢がこの店に……?』


 ああもうだめだ。来てしまう!

 会話が途絶え、一拍置いたところで。衝立のところから優雅に一人の令嬢が現れた。

 色白で背はやや高め。細身ながらしっかりと凹凸のある身体は女性らしさに溢れている。ピンクブロンドの髪を上品にハーフアップにしていて、王国基準ではかなりの美人である。


「あら! 思った通りでしたわ。ごきげんよう、ベアトリクス様。お久しぶりですわね」

「! カロリナ様。お久しぶりでございます!」


 突然現れた格上の令嬢に、ベアトリクスは慌てて立ち上がって淑女の礼をする。

 扇子を取り出し、ばっと音を立てて開くカロリナ。


「あなた、まだゴミ拾いをしてらっしゃるの? 手紙だけじゃなくて、たまには社交界に顔を出しなさいな」

「ご無沙汰しておりまして、申し訳ございません」


 再び頭を下げるベアトリクス。

 カロリナは呪いを受ける前、親しくしてもらっていた令嬢だった。二つ上のカロリナは可憐な見た目に反して姉御肌で、貴族らしい上辺の付き合いが苦手だったベアトリクスが唯一慕っていた相手でもある。


 ゴミ屋敷令嬢となってからは、そういう令嬢と付き合いがあるとカロリナの評判も下がると思い、付き合いはたまの手紙にとどめて会うことは自粛するようになっていた。


「あなたも十分年頃になったのですから、ゴミが恋人だなどと言うのはやめて、少しご自分の将来を――って。失礼。お連れ様がいらしたのですね」


 必至に気配を消していたルシファーだったが、存在に気が付かれてしまった。

 そっぽを向く顔の前で両手を組み合わせているが、その手にじりじりと汗がにじんでいく。

 魔法で見た目を変えればよかったと、今更すぎる解決案が脳裏によぎった。


 扇子をしまったカロリナは、ドレスをつまんで優雅に礼をする。


「わたくしファビウス侯爵が娘、カロリナと申します。ベアトリクス様、ご紹介いただけますか」

「あー、えっと……」


 元第四王子のルシファー殿下です。と、正直に紹介していいものだろうか?

 言い淀むベアトリクスを不思議な顔で見つめるカロリナ。


 すると、すっくとルシファーが立ち上がった。きらきらとしたよそ行きの笑顔を張り付けている様子に、ベアトリクスは彼が覚悟を決めたのだと気が付いた。


「……お久しぶりです、カロリナ嬢。すみませんがわたしがここに来ていることを兄には内密に――」

「まあ! ルシファー様!? こんなところでお会いするなんて!」

「ちょっ、お声が大きい――」


 ルシファー王子は身分をはく奪されて、王城から追放されたはず。意外過ぎる人物の登場に、カロリナは侯爵令嬢らしからぬ驚きの声を上げた。

 その声は、隣の席まで聞こえたようだった。


『ルシファー、だって?』


 先ほどの会話より一段も二段も低い声で、男の声が聞こえる。


「ああもう最悪だ……」

「殿下……っ」


 顔に手を当てて俯くルシファーと、状況に混乱するベアトリクス。

 衝立から現れたのは、不機嫌さを隠そうともしないユリウス王子だった。

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