第14話

ゴミ屋敷令嬢とひねくれ王子の奇妙な同居生活は続く。

 ルシファーが拾われてから、数か月が経っていた。


 相変わらず彼は働かず、怠惰な生活を送っていた。そして彼女は相変わらずゴミを拾い、汗水たらして毎日を送っていた。

 しかし、変化が一つ。週に一度、令嬢と黒い犬が連れだって街を出歩く姿が見られるようになったのである。


「毎日働きづめで大変だろう。たまには息抜きをするべきだ」


 そうルシファーが主張したことから、そのお出かけは始まった。ベアトリクスは「好きでやっているのだから大変ではない」と答えたが、王子命令だと言われれば従うしかなかった。勘当されているからもう王子ではないのだが、そこに突っ込むのは野暮であり、彼なりの優しさなのだと気付いていたから。


 そして今日も二人は街に繰り出している。

 いつものように王都をぐるりと一周し、生鮮市場に寄り、カフェで一息ついていた時のことだった。


「おや、ベアトリクス様。ごきげんよう」


 テラス席でお茶を飲む一人と一匹に、通りがかった男が声をかけた。

 腰まである銀髪を一つに結わえ、腰には剣をはいている。体つきはがっしりとしているが、丸太というよりはしなやかな小枝のような雰囲気を漂わせている。柔らかな表情を浮かべている一方で、金色の瞳に油断はない。


「あら、ミカエル様。ごきげんよう。今日はお休みですの?」


 ティーカップを置いたベアトリクスが、にこやかに応じる。

 ミカエルはちらりとルシファーを見た後、跪いて彼女の手に唇を落とす。


「ええ。長期クエストが終わってようやく帰ってきたところです。夕食を買いに出てきたのですが、まさかベアトリクス様とお会いできるとは。嬉しい偶然です」

「あら。SS級冒険者様はお世辞までお上手なのね」

「おや、それは心外です。久しぶりにお会いしましたが、相変わらずつれないお方ですね」


『嘘つけ』

 ルシファーは気が付いていた。

 この男は確信犯だ。生鮮市場を散策していたときからベアトリクスを付け回し、カフェに入ったところで偶然を装って声をかけてきたのだ。


 冒険者ギルドで最強の剣士、ミカエル。その腕は騎士団長より上なのではないかと言われ、王子であるルシファーもその存在を知っているくらいだ。更に、荒くれ者が多い冒険者のなかで非常に紳士的。見た目も涼やかで良いと来たから、女性人気が高い男なのだ。


「――ベアトリクス様。よろしければご一緒しても?」

「構いませんけれど。……貴重なお休みなのだから、もっと有意義に時間を使ったほうがよろしいのでは?」

「いえ、最高の休日ですよ。それに、きっと気に入っていただける話を持ってきたのです」


 そう言ってミカエルは彼女の正面に腰を下ろす。そして、「最近は何をしていらっしゃるのですか?」とベアトリクスに尋ね始めた。


『そんなのゴミ拾いに決まってるだろ。……こいつ。ベアトリクス嬢のことが好きなのか?』

 そう思うと、なんだか変な気分になった。


 女性にモテるのだから、相手は選び放題だろうに。どうしてゴミ屋敷令嬢を選ぶのだろう? 物珍しいから、ちょっと遊んでやろうとか思ってるのか?

 色白でか弱い女性が人気のこの国で、健康はつらつとしたベアトリクスは本筋からは外れている。

 面白半分でちょっかいを出しているのなら、やめてほしい。


 ムカムカしてきたルシファーは、ミカエルの足にがぶりと嚙みついた。

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