第12話

「なんだ。余裕じゃないの。ドラゴンだったらどうしようかと思いましたわ」


 ベアトリクスは冷静に言い放ち、背負っていた鞄から短剣を取り出した。

 鞘を抜き、きらりと光る刃を見て、唇を舌で舐める。


 ゆっくりとサイクロプスへ歩み寄る。小屋に頭を突っ込んで中にある食料を貪るその魔物は、小さな人間が近づいてくることに気が付かない。


「ねえ、サイクロプスさん」


 鈴を転がすような声で話しかける。

 サイクロプスの動きが止まり、ゆっくりと振り返る。


 ぎょろりとした大きな一つ目と、可憐な青い瞳が交錯した。


「随分と散らかしてくれましたわね。あなたが汚したこの食べかすや木片、お片付けいただけるんでしょうか?」


 地面には、半壊した小屋の木材や、食べ散らかしたものが散らばっていた。

 それを指さして、ベアトリクスは冷たく笑う。


「ヴヴァァァッッ??」


 愚鈍な様子で首をひねるサイクロプス。


「わたくし、ゴミ収集を生業としておりますベアトリクスと申します。ゴミは好きですが、後先考えずポイ捨てするお方は嫌いですの」


 ギラリと光る短刀を、胸の前に構える。


「ごめんあそばせ」


 そう言って、彼女は目にもとまらぬ速さで飛び掛かった。


 ◇


「……うわぁ。何なんだよ、あいつ。人格変わっちゃってるぜ。すげえ怖いじゃん」


 そう漏らすのはルシファーだ。

 西の森に行ったベアトリクスが魔物に襲われるかもしれないと思って、鷹に変化して急いで駆け付けた。

 しかし、目に入ったのはサイクロプスに怯える可憐な貴族令嬢ではない。魔法でサイクロプスを翻弄し、短刀で的確にダメージを与えていく、勇猛果敢な令嬢の姿であった。


 木の影から戦いの様子をうかがう。

 ベアトリクスは、決して巨力な魔法を使っているわけではなかった。威力はないが眩しい光を作り出し、サイクロプスの目をくらませる。その隙をついて足を中心に切りつけ、立てなくなるのを待っているのだ。

 サイクロプスもやられまいと懸命に棍棒を振り回している。しかし眩しさで目が効いていないためか、かすりもしない。勝敗は明らかだった。


「驚いたな。俺の出る幕は無さそうだ」


 無数の傷を負い、とうとう膝をつくサイクロプス。

 その前に、金髪碧眼の令嬢がゆらりと影を落とす。


「さようなら、サイクロプスさん」

「ビエエエエエンッッ!!」


 振り降ろされた短刀は、サイクロプスのつぶらな瞳に吞み込まれた。

 ――この女は怒らせないほうがいい。ポイ捨ては絶対にしないと心に決めたルシファーだった。

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