第11話

時は少し前にさかのぼる。

 屋敷を出発したベアトリクスは、一時間ほど歩き、平民街の更に向こうに位置する西の森に来ていた。


「少し来ないうちに、すっかりゴミが溜まっていますわね。これは拾い甲斐がありますわ!」


 木こりや冒険者が捨てていったであろう空き瓶や煙草の吸殻が、木々の間に点々と落ちている。

 ベアトリクスはうっとりとそれらを眺めたのち、腕まくりをして拾い始めた。


 ゴミに誘われるように、森の入り口からどんどん深いところへ進んでいく。


 一時間ほど経ったところで、彼女は休憩を取ることにした。いつまでも健康でゴミ拾いを続けるためには、疲れを感じる前に休むことも大切だと知っているからだ。

 適当な切り株に腰を下ろし、チーズパンにベーコンを挟んだものを取り出す。


 大胆かつ繊細にかぶりつきながら、ベアトリクスは最近拾ってきた青年のことを考えていた。


「放漫だ、怠け者だっていう噂でしたけれど。案外、気の利くお方でしたわね」


 仕事に就いているわけではないし、家事を手伝ってくれるわけでもない。しかし、ベアトリクスに対する気遣いのようなものは感じていた。

 朝が早すぎるんじゃないか、睡眠は足りているのか。昔使っていた寝台を綺麗にしたからこれを使えと言ってくれた。また、女性一人暮らしで危ないから、来客時は俺も同席すると言い張った。洗濯で荒れた手を見れば、治癒魔法をかけてくれた。


「何でしょうね。元のご性格が世話好きなのかしら」


 初対面の時はおびえた顔をしていた彼が、いつの間にか実家の両親のような言動をしていることが可笑しい。


 にこにこしながらパンを食んでいると、ふとお尻の下が揺れた。


「……地震かしら? いや、違いますわね」


 継続した揺れではなく、揺れては止むという一定のリズムを刻んでいる。まるで、何かの足音のように。


 ――魔物だろうか。ベアトリクスは素早くパンを鞄に戻し、身支度を整える。

 警戒するように辺りを見回す。

 と、少し先のあたりから悲鳴が上がった。


「ぎゃああああっ!! 来るな! あっちに行け!」

「ヴウウウウウウウウッッッ!!!」

「!」


 誰かが魔物と遭遇してしまったらしい。


「――――行かなきゃ。助けに」


 下手をしたら、自分も命を落としてしまう。

 しかし、ここで襲われている人を見捨てることは、正義感の強いベアトリクスにはできなかった。


「ええい! ゴミ拾いの最中に死ねるなら本望よっ!」


 そう叫んで、悲鳴の上がったほうへ駆け出す。


 木々の間から見えてきたのは、半壊した木こりの小屋だった。

 小屋に覆いかぶさるようにして、筋骨隆々とした緑色の巨体がうごめいている。

 その姿を見て、ベアトリクスは目を見開いた。


「――サイクロプスですわ」

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