第8話

「で、殿下! どうして全裸なのですか!」

「え?」


 顔を両手で覆い、素早く背を向けるベアトリクス。

 きょとんとしたルシファーは、自身の身体に目をやり、慌てていろいろな部分を手で隠す。


「やべっ、忘れてた! す、すまない!」

「はっ、早くお部屋にお戻りください! わたくしはここで失礼いたします!」

「あっ、おい……!」


 金髪をなびかせて、彼女はゴミの山の奥に消えてしまった。

 取り残された全裸の青年。しばし時が止まったかのように、無音の時間が流れる。


 やがて大きなため息が響き渡り、青年は力なく自室へ向かうのだった。


 ◇


 翌日。

 例によってベアトリクスはゴミ拾いに出ているため、ルシファーは屋敷の探索をしてみることにした。ゴミと触れ合いたくはないが、彼女がここでどんな暮らしをしているのか興味が湧いたからだ。


「ほんと、すげえ量だよなあ。呪いをかけたのは三年前だから、それから毎日拾ってるのか」


 無駄なくぴっちりと積まれたゴミ袋に、職人技を感じるルシファー。

 ゴミをかき分けて進んでいると、ふとあることに気づく。


「もしかしてこれ、分別してあるのか?」


 各部屋のドアには、なんらかのマークが付いている。同じマークの部屋には同種のゴミが積まれている法則に気が付いた。

 そして廊下に出ているのは、通るときに身体を傷つけないような、毛布や衣類ゴミが中心だ。


「なるほど。一応考えられてるんだな」


 妙に感心しながら見て回り、最上階から一階のホールへとたどり着く。


「入口付近にあるのは未分別のものか。これだけの量を拾って分別するなんて、時間がいくらあっても足りないだろうなあ……」


 そう考えながら、少しゴミが少ないドアの前に立つ。

 玄関ホールから続く、応接室だったであろう部屋。ここでベアトリクスは生活している。

 ――どんな部屋なんだろう? 気になったルシファーは、興味本位んでドアノブに手をかける。


「……勝手に見るのはいけないな」


 ドアノブにかけた手を離し、ホールから外に出る。

 もちろん庭にもゴミが積まれている。おそらくこれは、屋敷に入らなかった粗大ゴミ系のものだろう。へんてこな機械や大型の家具を横目に見ながら、庭をぐるりと進んでいく。


「伯爵家の屋敷とだけあって結構広いんだな。まあ、城には敵わないが」


 芝生は青々としていて、植え込みの木々も健康そのもの。ゴミがなければ、寝転がって日向ぼっこでもしたくなるような景観だ。


 屋敷の裏手に進んだところで、ルシファーは目を見開いた。


「ここは……!?」


 屋敷の裏手にゴミはない。その代わりに、可愛らしい花畑が広がっていた。

 風にそよぐ色とりどりの花。流れるほのかに甘い香りが、心落ち着かせる。


 先ほどまでの風景とは百八十度正反対だ。夢でも見ているのかと思って急いで引き返すと、粗大ゴミが目に入る。ああ、やっぱりここはゴミ屋敷だ。


「一体どういうことだ? ……花だけじゃなくて野菜もある」


 長い足ですたすたと近づき、状況を確認する。

 白やピンクの花が咲き誇る畑に、たわわな実を付けた野菜畑。そして洗濯場があるようだった。

 じっと畑を見ていると、土の表面に魚の骨や、食事のかすのようなものが見えた。


「そうか。これは生ゴミを利用しているのか」


 なるほど、生ゴミは肥料にしているのだな。そう合点がいった。

 ふとルシファーは気づく。――そういえば、これだけゴミがあるのにこの屋敷は臭くない。

 きっとそれは、きちんと分別がなされ、臭う生ごみは堆肥にしているからなのだ。


 何でもかんでもゴミを集めるゴミ屋敷令嬢――。一部ではそう陰口を叩かれているベアトリクスだが、その生活は整頓され、工夫が凝らされている。

 屋敷の内外を見て回ったルシファーは、彼女に対するイメージが大きく変わっていた。


「昨日の便利屋といい、しっかりしてるんだな。ベアトリクス嬢は自由に楽しく暮らしている。この生活が好きだと言っていたのが、分かる気がするな」


 ゆっくり腰を下ろし、小さな白い花を撫でる。


「……ははっ。こんなに大切にされているゴミが羨ましいな」


 どれだけ魔法と筋トレを頑張っても認められなかった自分。

 お前などいらない、そう感じてきた人生だった。


「――ゴミになりたいと思うなんて、疲れてんのかな。……寝よ」


 勘当されて行くあてもない今、自分も自由だ。

 しばらくはここに居て、ベアトリクス嬢と気ままに過ごすのもいいかもしれない。


 そう決めたルシファーはふわあと一つあくびをする。

 しばらく花を愛でたのち、屋敷に戻って二度寝を決め込んだのであった。

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