第7話
「殿下。この距離はなんですの? お料理が取りにくくはありませんか?」
「いい。平気だ。気にしないでくれ」
厨房で夕食を取るベアトリクスとルシファー。
昨夜は向かい合わせで座っていたのに、今ルシファーは彼女と食卓から数メートルほど距離を取り、ぽつんと座っている。おかずを取る時だけ歩いて来て、また離れた椅子に戻るのである。
「へんな殿下」
「……」
言い返してこないことを不思議に思いつつも、彼女は食事の手を止めない。今日も一日ゴミを拾いつくしたし、明日もたくさんのゴミを拾わないといけない。この生活は体が資本だから、よく食べてよく寝ることが大切なのだ。
ひねくれ王子は純情なようで、昼間に見てしまった白い布のことがチラつき、なんとなく距離を取ってしまっているのだった。
――と、屋敷の入り口の方から声があがる。
「こんばんはーっ! ベアトリクス様、いらっしゃいますかー?」
「? 誰だ、こんな時間に」
時刻は十九時。男性の声ということもあり、不審に思うルシファー。
しかしベアトリクスは慣れた様子で答える。
「おそらくギルドの方ですわ。ちょっと行ってきますね」
残りの食事を優雅に掻きこみ、席を離れるベアトリクス。
その後ろ姿を目で追いながら、首をひねる。
「ギルドって、冒険者ギルドか? 冒険者がこんなところに何の用だ」
グラディウス王国は騎士と冒険者の国。ギルドと言えば冒険者ギルドのことを指すが、小さいながら商業ギルドなどもある。
とはいえ、このゴミ屋敷と何の関わりがあるのだろうか。気になったルシファーは、様子を見に行くことにした。
◇
王子の姿で出ていくと色々と面倒なので、黒い犬に変化して話し込む二人に近づく。
ゴミに囲まれてベアトリクスと親しげに話している相手は、身なりから冒険者だろう。年齢は三十代ほどだろうか、筋肉質なごつい体に、髭もじゃの顔。屈強な体つきとは対照的に、表情は優し気な男だった。
「――おや。ベアトリクス様は、犬をお飼いになられたんですか」
「犬?」
不思議な顔で振り返るベアトリクスと目が合う。
黒い毛並みに紫の瞳を持つ犬を見て、彼女は事情を理解したようだった。
「――そうなんですの。この犬も街で拾いましたのよ。ここ数年一人でしたから、家族ができたようで嬉しいですわ」
近くに寄ってくる犬を抱き上げて、頬ずりして見せる。
犬の尻尾が、ちぎれんばかりに振れた。
「そりゃあ何よりだ。俺らもね、心配してるんですよ。年頃のお嬢さんが一人でこんなところに暮らしてるなんてさ。……まあ、普通の家よりは悪者も入りにくいとは思いますが」
「失礼でしてよ、レオ。……と言いたいところですけれど、あなたの言う通りよ。この家に入ろうと思う者は勇者の素質があると思うわ!」
そう言って笑い合うレオとベアトリクス。
「それで、ご入用なのはウーツ鋼よね。あると思うから、ちょっと待っていてくださる?」
「いつもすまないね。助かるよ」
ベアトリクスは犬を下におろし、ゴミをかき分けて屋敷の奥へ消えていく。
そして十分ほどすると、金属の塊を抱えて戻ってきた。
「あったわよ。確か一年位前に拾ったものだわ」
「おおっ! この独特な模様、確かにウーツ鋼だ。これで剣の補修ができる。ありがたい……!」
オーツ鋼をレオに手渡すと、代わりに彼女は一つ袋を受け取った。
「対価にしては全然足りねえが……。いつも聞いてる気がするが、いいんですか、これで?」
「ええ、もちろん。わたくしはあなたにゴミを一つ渡す。そのかわりに、あなたにとってのゴミを一つもらう。これは物々交換なのですから、気にしないでちょうだい」
「ほんと、ベアトリクス様はギルドの女神だな。じゃ、俺はこれで失礼します。おやすみなさい」
「おやすみなさい、レオ」
ぺこぺこと頭を下げながら、レオは去っていった。
黒い犬が、美しい青年の姿に変わる。そして、レオの後姿を見つめる彼女の隣に並ぶ。
「……なるほどな。つまり、便利屋ってわけか」
「はい。ただのゴミでも、誰かにとっては必要なものだったりするんです。ゴミ拾いもそうですけれど、感謝してもらえることがとても嬉しいです。呪いをかけてくださって感謝していると申し上げたのは、嘘ではないのですよ。今ではちょっとした夢もありますし――」
そう言って隣に立つ人物に笑いかけるベアトリクス。と、その笑顔が一瞬で強張った。
なぜなら隣に立つ青年は、その引き締まった身体の上に、一切の衣類を身に着けていなかったから。
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