第5話

前向きゴミ屋敷令嬢と、ひねくれ王子。対照的な二人の奇妙な共同生活が始まった。


 ルシファーに与えられたのは、かつてベアトリクスが使っていた部屋だ。広さもあり、専用の浴室や手洗いがあるなど、生活に必要な設備が揃っている。ベアトリクスは普段は屋敷の入り口近くで生活しているらしく、奥まった位置にあるこの部屋はもう使わないとのことだった。


 彼の部屋整備は前途多難だった。


「っ、くそ! 何なんだ、このゴミの量は! ドアが開かねえ!」


「こちらの部屋です」と部屋の前らしい場所まで案内したベアトリスは、午後のゴミ拾いに行くと言い残して出かけてしまった。廊下に積みあがるゴミ袋の間から、どうにかドアノブを見つけたものの、押しても引いても全く動かない。


 イライラして力任せに引っ張ると、ドアノブがポロンともげた。そして勢い余ったルシファーは背後のゴミの山に尻もちをつき、その身体の上に、積みあがったゴミ袋が降り注ぐ。


「……あー。悪夢だ」


 ぱんぱんに膨れたゴミ袋を振り払い、脱力する。

 ドアさえ開けば、魔法を駆使して中を片付けることは難しくない。しかし、その前でつまずくとは。

 ルシファーは大きくため息をついた。


「……こりゃ、あいつの呪いを解くところから始めた方がよかったな……」


 午後のゴミ拾いとかいうのに出かけた以上、更にゴミを持ち帰ってくるんだろう。

 これ以上不快な屋敷にならないように、ベアトリス嬢が帰ってきたら呪いを解かねば。そう彼は決意し、力なく部屋の前のゴミを片付け始めるのだった。


 ◇


「え? 呪いを解いてくださる? せっかくのお申し出ですけれど、遠慮いたしますわ」

「はあ!? 何でだよ」


 唯一ゴミのない厨房で夕食を取りながら、ルシファーは早速話を切り出した。

 しかし、彼女から返ってきたのは、否という返事だった。

 想定外の返事に、ルシファーは混乱する。


 ベアトリスは、はっきりと言い切った。


「今の生活に満足しているからです」

「で、でも。こんなゴミまみれの生活、普通じゃないだろ。お前、貴族なんだろ? 今ならまだ、元の生活に戻れるはずだ」

「貴族の生活って、わたくしには向いていないんですの。こうしてゴミを拾っているほうが、やりがいを感じますわ」

「それは呪いの効果だ。そう思わずにはいられない思考になってるんだよ!」


 思わず椅子から立ち上がり、説得を続けるルシファー。

 しかしベアトリクスは優雅にミートパイを口に運んでおり、全く興味がない様子だ。


「とにかく、わたくしの心配は結構ですわ。殿下のお手を煩わせるまでもございません。――さあ、お料理が冷めないうちに召し上がってください。我ながら上手く焼けたと思いますの」

「ま、マジかよ……」

「先ほども申し上げた通り、殿下には感謝さえしているのです。ですから、呪いを受けた直後も解呪をお断りしていたはずです」


 ――確かにそうだ。

 事件後頭が冷えたルシファーは、呪いが命中した家に詫び状を出し、呪解をして回った。しかしベアトリクスの実家にだけ、なぜか断られていた記憶がある。


「この話はもう終わりです」。そう言って彼女は、午後のゴミ拾いの話をしゃべり出した。


 同意がないとなると、無理やり解呪するしかない。しかし、こうもきっぱり断られているのに、そうすることは果たして正しいのだろうか。

 ルシファーはひねくれているが、女性に対する最低限のマナーは持ち合わせていた。彼女が嫌だということを、無理強いするのはどうかと思った。


 少し時間を置いて、もう一度説得してみよう。そう決めて、美味しそうなミートパイに手を伸ばしたのだった。

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