第4話

第四王子ルシファーは放漫で自分勝手。そう世間から評価されている。

 だが、幼少期の彼はそうではなかった。性格は素直で、膨大な魔力に恵まれた、将来有望な子どもだった。

 では、なにが彼を捻じ曲げたのか。その理由は、グラディウス王国の筋肉至上主義にあった。


「男は強くあるべきだ! 強さとは筋肉! 隣の友は戦場で裏切るかもしれないが、筋肉だけは己を裏切らない!」


 王ガイウスは事あるごとにそう叫んだ。

 騎士や冒険者の多いグラディウスで、この考え方が浸透するのに時間はかからなかった。

 筋肉量が多いほど、鍛錬を積んでいると評価される。筋肉量が多いほど、戦場で役に立つ。筋肉量が多いほど、給料がもらえる。そして筋肉量が多いほど、女性にモテるのである。


『僕も父様や兄様たちのように、たくましい筋肉をつけるぞ! ムキムキの大魔法使いになるんだ!』


 幼いルシファーはそう夢見ていた。

 ――しかし不運なことに、第四王子ルシファーは筋肉が付きにくい体質だった。


 いや、一般的な国では十分引き締まった身体だと評価されるだろう。しかし筋肉王国グラディウスにおいては、軟弱者に分類されてしまったのだ。

 魔法の練習と並行して身体を鍛えていたものの、父王や兄たちに比べると見劣りした。

 ボタンがはち切れそうな胸筋も、岩のように盛り上がった上腕二頭筋も、ルシファーにはなかったのである。


『第四王子のルシファー様は、ありゃあだめだな。魔法はいいらしいが、身体が仕上がっていない』

『鍛錬不足なのでは? 兄王子殿下たちは御立派なのになあ。怠けてるんだろうな』


 ルシファーは、臣下たちの陰口に唇を嚙んだ。

 手の豆が破れ、血がにじむほど剣を振る。筋肉痛で寝られなくなるほど筋トレをする。そんな努力を何年積み重ねても、自身の評価は低いままだった。


『……俺は、いらない人間なのだろうか』


 いくら魔法で敵を蹴散らそうが、本当の意味でルシファーが認められることはなかった。ひとえにそれは、この国の筋肉至上主義のせいだった。

 努力しても認められないことに傷ついたルシファーは、その勢いで思春期と反抗期をこじらせる。その結果が、ベアトリクスが呪いを受けた舞踏会だった。


 自暴自棄になったルシファーは堕落した。筋トレも魔法の鍛錬もせず、ぼんやりと暮らすようになった。


『何をやっても認められないなら、頑張るだけ無駄だ』


 そんな彼に魔法の師匠もとうとう愛想をつかし、国に帰ってしまう。

 見かねた父王に生活態度を注意され、怒ったルシファーは王に魔法を浴びせた。むろん、命に関わるものではない。自分を認めない父王を、ほんの少し困らせたかっただけなのだ。


 しかし、父王は激怒した。王にかけられた魔法――「頭髪をすべて消し去る」。これが決定打となり、ついに第四王子ルシファーは勘当されたのだった。

 この衝撃的なニュースは大々的に新聞に掲載され、国民の知るところとなった。


 あっという間に城から放り出されたルシファー。

 しかし、王子として育てられた彼は一人で生きていくすべなど分からなかった。ひねくれた性格が邪魔をして、誰かを頼ることもできなかった。


 その結果、水魔法で出した水を飲むこと以外の飲食はできず、とうとう力が尽きて倒れたところをベアトリクスに拾われたのだった。


 ◇


「殿下。もし行くところがないのでしたら、わたくしの家でよければ一部屋お貸しできますよ」


 金髪碧眼の令嬢が笑みを深める。

 それはまさしく悪魔のささやきだった。


 城を放り出されてからの日々は地獄だった。王子だとバレたくない。かと言って自力で生活をする能力もない。

 ローブのフードを目深にかぶり、身を縮めるようにして移動した。料理屋のゴミ箱の前で、何時間も葛藤した。薄汚い空き倉庫で雨風をしのいでいると、野犬に慰められる始末。

 薄れゆく意識の中で、つまらない人生だったなと、それだけはひどく後悔した。


 ――またあの日々に戻るよりは、ここにいた方がいいのではないか。ルシファーは考える。


 ゴミだらけで汚いのは許せないが、一部屋もらって片付ければいい。

 先ほど提供された食事も、まあ味は悪くなかったし。というか、いい感じに薄味でめちゃくちゃ染み渡ったし。ベアトリクス嬢は正直不気味だが、仮に悪意があったとしても、女性一人に殺されるほど弱くはない。


 もろもろの利益と不利益を天秤にかけた結果、ルシファーは心を決めた。


「そこまで言うなら、ここにいてやってもいい」


 ゴミ袋に囲まれた王子は、高らかに宣言した。


「承知いたしました! では、これからどうぞよろしくお願いしますね」


 ゴミ屋敷に似合わない太陽のような笑顔。

 そんな表情ができるこの女性を、ルシファーは少しだけうらやましく思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る