第2話

グラディウス王国の王都、貴族の屋敷が立ち並ぶ区域。

 数年前までは大きな屋敷が立ち並んでいたが、今は一つの屋敷を残してみな引っ越してしまった。

 残っているただ一つの屋敷こそ、伯爵令嬢ベアトリクスの住まい――ゴミ屋敷であった。


 もはやどこが入口かも分からない屋敷は、かつては優雅で広大だったであろう庭を含めて、敷地いっぱいにゴミが積みあがっている。麻袋や皮袋に詰まったゴミや、壊れた家具、ヘンテコな道具なども混じっており、この区画だけ明らかに異様な雰囲気を漂わせている。


「さて! 今日も元気にゴミを拾いに行きますわよ!」


 ゴミの山をかき分けて敷地から出てくる令嬢が一人。金髪碧眼の整った容姿に、ゴミ屋敷から出て来たとは思えないような清潔なドレスを着ている。

 令嬢――ベアトリクスは左手に麻袋、右手に火ばさみを持ち、ふんと鼻を鳴らした。


 ベアトリクスの朝は早い。

 朝三時には起床し、身支度を整え、朝食をとる。人々が活動を始める前に、朝のゴミ拾いを行わなければいけないからだ。

 グラディウス王国は血気盛んな騎士や冒険者が多いため、多くの居酒屋がある。そのため明け方の道路には酒の空き瓶や、骨付き肉の残骸、はたまた靴下やパンツといったものまで、たくさんのゴミが落ちているのである。


「……これは拾い甲斐がありますわね」


 ベアトリクスは丁寧に腰をかがめ、一つ一つゴミを拾い、持参した麻袋に入れていく。貴族令嬢の優雅さとしなやかさを備えたその所作は、たいそう美しい。


 彼女がゴミを集め出したころは、眉をひそめて陰口を叩いていた貴族や住民たち。

 しかし、この美しい所作と街の美化活動に胸を打たれ、多くの者は今や彼女のゴミ収集を黙認しているのだった。


 呪いを受けてから数年間毎日続けているゴミ拾い。それはいつしか丁寧さと速さを兼ね備えるようになり、あっという間に王都の巡回が終わってしまう。


「王都はこれで大丈夫ですわね! 次は平民街。さくさく行きましょう」


 ゴミの詰まった麻袋を屋敷に置きに戻り、改めて平民街のゴミ拾いに向かう。

 貴族街を取り囲むように位置している平民街までは、屋敷から歩いて十五分程度だ。


「朝から身体を動かすのは気持ちがいいわね! ふふっ、貴族なんて堅苦しくて嫌だったけど、こうして自由気ままに生きられるようになれて、本当によかったわ!」


 艶のある金髪が、朝日に照らされて美しく輝く。

 起床した住民たちが、「おはようございます、ベアトリクス様」「精が出ますね。ありがとうございます」などと声をかけていく。


「皆様、おはようございます。今日という一日が善き日になりますように」


 そう返して、彼女は再びゴミ拾いに集中する。

 平民街のほうがゴミが多いため、作業は昼頃まで続く。


 いつも通りぱんぱんになった麻袋を手にしてベアトリクスは満足し、昼食をとりに屋敷へ戻ることにした。


 裏道を使うと屋敷まで近い。ゴミ拾いを通して地理に詳しくなったベアトリクスは、細い裏通りを通って家路を急ぐ。


「――あら? 何でしょう」


 目線の先には、黒い塊。先刻ゴミ拾いで通ったときには無かったものだ。こんな大きなゴミに気づかない訳はないので、ここ数時間の間に新たに投棄されたものだろう。


 近寄って火ばさみを大きく広げる。そして、わしっと掴む。


 もぞっと、ゴミが動いた。


「きゃっ!? 何これ! ゴミが動いたわっ」


 一歩飛び下がり、間合いを取る。

 黒い塊は動きを止める。しかし、再び火ばさみて強めにつつくと、ビクッと反応があった。


「何なのかしら、これ……。でも、ゴミは拾わないといけないわ。それがわたくしの使命ですもの。ええい、女は度胸! 一気に行きますわよ!」


 ベアトリクスは新しい麻袋を取り出し、えいやっと黒い塊に被せる。

 足を使って中に押し込み、素早い動きで袋の口を締めた。


「ん~、重いわねえ。でも、粗大ゴミに比べればまだマシですわ。家まであと少しだし、頑張りましょう!」


 引きずるようにして、彼女はそれを屋敷へ持ち帰る。


 ひとまずゴミを持ち帰れたことに安堵し、中身を確認したところ――。

 黒い塊はゴミではなかった。なんと、この国の王子だったのである。

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