第39話

馬車受付の人が言っていた通り、夕暮れ時に隣町グラウカに到着した。

 御者によると次の街は少し離れているそうなので、今夜はここで泊まることにする。


 夕暮れで赤く染まるグラウカの街は、とても幻想的だった。レンガや白い石造りの建物が多いトロピカリと違って、赤土のような素材で建物が造られている。

 馬車乗り場の建物に近寄って壁をよく見てみると、土に干し草のような、繊維質が混ぜ込まれているようだ。これで強度を保っているのだなぁと感心する。そっと手を触れると、乾いた赤土が指についた。

 さほど人口の多い街ではないのだろうか。建物の密度は低く、人の気配もあまりない。まるでどこかの遺跡にでも来ているかのような、儚くも美しい街だった。


(すぐ隣の街なのに、こうも雰囲気が違うのね。びっくりだわ……)


 少しだけ街を散策したのち、目に入った宿屋で受付をする。

 赤いほっぺたをした受付嬢が教えてくれたところによると、グラウカは周辺の街の通り道になっている街なので、あまり栄えていないとのことだ。商人たちが泊まるよう宿屋だったり、赤土で作った陶器を名産品として成り立っている街だと教えてくれた。


 案内された部屋に入る。最安値の部屋でいいと伝えたものの、私の家掘っ建て小屋より100倍きれいだったのには笑ってしまった。

 今日は色々あって疲れていたし、旅は長いので、どこかに出かけたりせず早めに休むことにした。


 ◇


 翌朝、宿屋がサービスしてくれたオニギリを美味しくいただき、宿を出る。天気は良く、ごみごみしていないグラウカの街の空気はオニギリに負けず劣らず美味しかった。

 馬車乗り場で御者くんと合流し、さっそく出発した。


 ――次の街アピスは遠いと聞いていたが、まさか本当に1日走り通しとは思わなかった。

 舗装されている道とはいえお尻に褥瘡じょくそうができるかと思ったし、何より道中が暇すぎた。急な旅だったので、時間を潰せるような書物などは持ってきていない。ひたすら外の景色を眺め、時折寝落ちしたりを繰り返し、あまりに何もしない時間に疲れてしまった。


 アピスの入り口で降車した私は、両腕を思いっきり天に向かって突き上げ、渾身の伸びをする。


「っあぁぁ~~~疲れたぁぁ~~っ!!」


(まぁ、共感してくれる人はいないんだけど。1人旅ですから……)


 1人ごちりながら、街門をくぐる。

 この国は、領地というか街ごとに入場門のようなものがあって、出入りはそこで全て管理されている。トロピカリの住民証を提示すれば、さらっと入街の許可が出た。


 今日はあまりに何もしなかったので、エネルギーが有り余っている。

 宿を確保して荷物を置き、1杯飲みに出ることにした。


 アピスはトロピカリと同じくレンガ調の街だけど、色遣いが全く違っていた。黄色やピンク、赤などカラフルに染色されたレンガは街全体に華やかな印象をもたらしている。


(どことなく、新宿を彷彿とさせるわね)


 ちょうど夕飯時ということもあって、街にはたくさんの灯りがともり、行きかう人々の楽しげな声で賑わっている。

 旅先では気持ちが大きくなると言うけれど、私も今そういう状態だと思う。1人で1杯飲みに出る、なんて人生で1回もしたこと無いからだ。


 目にも楽しいお店たちを眺めながら、どこに入ろうかなあとブラブラ歩く。


「――あ、このお店いいかも」


『BAR ゴールデンボール』と小さく掲げられた看板の前で立ち止まる。

 こぢんまりとしていつつも、清潔感のある店構え。軽やかな音楽がほんのり聞こえてくる。居心地がよさそうだと直感し、入店する。


 ――――カラン

 ドアベルが小気味よく鳴り、マスターがこちらに気づく。


「いらっしゃい。カウンター、お好きなところへどうぞ」


 店内は程よく薄暗くなっており、先客が数名居るようだ。

 バー特有の大人の雰囲気にたじろぎつつも、マスターの前の席が空いているのでそこに座る。


「どうも……。私、この街初めてなので、とりあえずお勧めの一杯をください」

「じゃあ、アピスオリジナルカクテルを作ってあげるわね。……お嬢さん、旅のお方?」


 不慣れな私に気を遣ってくれたのか、マスターが話しかけてくれる。


 ……遠目には大柄の女性に見えたけれど、目の前に居るのは派手目にお化粧をした男性だった。


 単斜硫黄のようにツンツンした黄色い髪に、塗り絵のようなメイク。ぴっちりとしたチャイナドレス風の衣装は今にもボタンが弾けそうで、溢れんばかりの筋肉が己の存在を誇示している。


(……に、2丁目?? 私、場違いだったかしら!?)


 マスターの装いから、この店はそういった方々向けの店なのかと焦る。慌てて周囲を見渡すと、他のお客さんは落ち着いた格好の方々ばかりだったので、ホッと息を吐く。マスターは歓迎してくれているようだから大丈夫だろうと自分を納得させる。

 つとめて冷静を装って、マスターの質問に答える。


「はい、トロピカリから王都へ行く途中です。トロピカリと違ってアピスは随分華やかなんですね」

「あらやだ、トロピカリと比べたら、大体の街は華やかよ。まぁ、国境に近い関係で人の往来があるから、確かに活気はあるけどね」


 言いながらコトリとグラスを差し出し、作ったカクテルを提供してくれた。喉が渇いていたので、「いただきます」と言い、勢いよくあおる。


「……美味しいです、これ。度数は高いですけど、柑橘の果汁、ですか? ほどよい酸味があるので喉越し良く飲めますね」

「お嬢さん、いける口ねぇ! 子供みたいな見た目だからどんなもんかと思ったけど、気に入ったわ!」


 がはははは、とマスターは豪快に笑い声を響かせた。

 気をよくした彼(?)はそのあと色々な話をしてくれたのだった。


【後書き】

☆褥瘡(じょくそう)とは

床ずれのこと。長時間同じ姿勢でいると、その部分の血流が悪くなり、皮膚に傷ができたりただれたりする。

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