第38話

ステーキセットは冷め切っていたが、もったいないから食べる。

 すっかり固くなったお肉に、ぐいっとフォークをねじ込んだ。


 ――デル様は昨日うちに来たばかりだ。

 次来るのはいつも通りであれば2週間後だから、それを待っていたら間に合わない。


(つまり、お城まで会いに行かないとダメってことね……)


 ここから城のある王都までは、馬車で1週間。討伐は10日後だから、それでもギリギリだ。

 幸いデル様のおかげで少し貯金ができていたところだ。彼は「茶とスープのお礼だ」と言って、うちに来るたび十分すぎるお金を置いて行っている。申し訳ないから貯めておいていつか返そうと思っていたけれど、彼のために使うのならバチは当たらないだろう。


(1週間で着くのはスムーズにいった場合。天気や馬の体調によっては2日くらい余裕を見た方が良いわね。……うん、このまま家に帰っている暇はないわね。市場で必要なものを買い揃えて、そのまま出発しましょう)


 馬車乗り場は市場の端にある。荷物をまとめに一旦帰宅して、またここに来るとなると夜になってしまう。

 治安のいいトロピカリだけど、街を出ればどんな輩がうろついているか分からない。深夜の移動中に盗賊に襲われたという話もたまに聞くから、安全に旅をするためには、明るいうちに移動した方がいい。デル様のことを思うと気が急ぐけれど、無事に生きて王都に辿りつけなければ意味がない。



 食堂を出たあとは、急いで替えの服や下着、携行食などを購入した。初めての旅行なので、なるべく身軽な状態で行きたい。とりあえず片道分の物品だけ揃えて、帰りの分は王都で調達することにした。


(これで荷物はOKね。馬車乗り場に行きましょう! ――ああ、その前にサルシナさんのところに寄らなきゃ!)


 急にしばらく留守にするので、付き合いのあるところには声をかけておかないと。

 膨れたリュックを背負い、早足で関係各所へ向かう。


 薬店の前に着くと、運よく客が途切れたところだった。


「サルシナさん、ごきげんよう。急なんですけど、半月ほど留守にすることになりました」

「ああ、セーナかい。なんだい、随分急な話だね。それは1人でかい? ……事情があるんだろうから深くは聞かないけど、危ないことじゃないだろうね?」

「え、ええ、ちょっと人を尋ねに私1人で行きます。移動は日中だけにしますし、大丈夫だと思います」


 この返事で嘘はないだろう。

 サルシナさんは妙に勘が鋭いところがあるので、先ほどライから秘密だぞと念を押された以上、迂闊なことは口に出せない。


「女1人なら、気をつけすぎなぐらい気をつけるんだよ。素材が足りなくなったら総合商店から調達するから、こっちは大丈夫さ。王都に行くのなら、記念にお城でも見ておいで」


 まさかその王城が目的地ですとは言えず、曖昧な笑みを浮かべて頷く。


 サルシナさんが店の横からこちらに出てきて、両手を広げた。瞬き一つの間に、ふくよかな体に抱きしめられる。

 高めの体温に包まれて、自然にほうと息が漏れた。私も彼女の背中に手を回す。

 サルシナさんは見た目も中身も肝っ玉かあちゃんという言葉がピッタリなのだけど、実際は独身で子供はいないので、ちょっと意外だ。アラサーの私をこうして子供のように心配してくれるのは恥ずかしさもあるけど、こちらの世界で拠り所のない私としてはちょっと嬉しかったりもする。


「ご心配ありがとうございます。お土産買ってきますから、楽しみにしていてください! じゃあ、ちょっと急いでいるので、そろそろ行きますね!」


 そう笑顔で挨拶をして、サルシナさんと別れた。


 各所へのあいさつを終えた私は、馬車乗り場へ向かった。

 市場の端にあるそこは、広い馬屋に、プレハブのような受付小屋が併設された場所だった。

 受付の時計は15時過ぎを指しており、今出発するのなら、今夜は隣街で宿泊するのがちょうどいいだろうと窓口の人が教えてくれた。

 

 無事にシンプルな幌馬車を借りることが出来た私は、御者へ「王都まで」と告げて乗り込んだ。


 少しの不安と大いなる興奮を胸に、初めての異世界旅行をスタートさせたのであった。

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