第37話

ラファニーの事を思い出しているうちに、注文していたステーキが届いた。せっかく市場に来ているので、奮発してちょっと豪勢なメニューにしてみたのだ。

 にんにくとタレの香ばしい匂い、じゅうじゅうと鉄板の上で踊る脂。


(たまらないわ……っ!!)


 ごくり、と喉が鳴る。

 ナイフとフォークを握りしめ、いざ肉に飛び掛からん――!


「セーナ! そこにいたのか、探してたんだぞ!」


 大きく口を開けたところで、聞き慣れた声が私を呼んだ。


「んあ? あ、ライじゃない。どうしたの、私に用があるの?」


 入り口のほうから小走りでライがやってくる。彼の歩みに合わせて、銀色のポニーテールがしっぽのように軽やかに揺れている。

 食事している女性たちが頬を赤くしてライの姿を追っているところを見ると、やはり彼は人気があるようだ。やるな。


「ちょっと話があってな。常連さんがセーナを見かけたって言ってたから、探してたんだ」


 ライはきょろきょろと周りを確認し、人の居ないすみっこのテーブルへ手招きして私を誘導した。

 なんだろう、と思いつつ彼の後に着いていく。もちろん、ステーキセットのトレイも持って移動する。


 好奇心旺盛なミドリムシ色の瞳が、キラリと輝いた。


「お前がちょっと前に言ってたアイツの話だよ」


 口元に手を当てながら、ひそひそ声で話してくる。


「えーと、アイツって誰だっけ?」

「いや、ほら、あの角の生えてる……」

「あっ、ああ、分かった分かった。で、どうしたのよ?」


 デル様の話は禁句ではなかったのか。ライは真剣な顔つきで続ける。


「アイツな、討伐されることになった」

「は、はい? 討伐?」


 胸の奥が、ざわりと揺れ動いた。


「定期的に奴がこの村をうろうろしてたのは皆知ってたんだ。けどあの角とさ、ほら、なんかヤバいオーラあるだろ。で、セーナの話だと魔法を使えるみたいだし、危険人物ではあったわけよ」


(私のせい――――!?)


 どっと冷や汗が出てきた。私はまた、やらかしてしまったのか?


「そこに、こないだの事件だ。セーナんちの近くの森がやられただろ」


 誘拐未遂事件のことだ。

 ライによると、あの時の稲妻と爆発は村からもよく見えたため、一騒ぎになっていたらしい。事後、若者有志が調査に来ていたのは私も見かけていた。天候から考えると自然由来の雷はあり得ず、火薬を使用した痕跡もなかったことから魔法の類ではないかという話になり、かねてからマークされていたデル様が犯人として浮上しているようだ。


(あれはデル様がやったことなの……? てっきり、デル様の他にすごいものが来ていたのだとばかり思っていたけれど。うーん、そのあたりは何が正解か今は分からないわね。一つ言えることは、ライたちはデル様が国王様だっていうことを知らないみたいね)


 でないと話がおかしくなる。まあ、デル様も体調の関係で必要最低限しか外出しないみたいだし、一般市民は国王の姿なんて見たこと無いだろうし、本当に危険人物だと思っているのだろう。


「あ~、森は、誰がやったにしろ、別にいいんじゃないの? 時間が経てばまた再生すると思うし。誰かが被害を受けたわけでもないんだから、討伐だなんて物騒なことは止めたら?」


 言いながら、誘拐犯は爆散したことを思い出した。や、やばい、被害出てた。


「まあな~確かに心配し過ぎな感じではあるけど、危険は早めに潰した方が安心だろうって上が言ってんだよ」


 誘拐犯爆散の件は認知されていないようで安心した。……いや、安心していいのか、これ。


「森をやられたんなら次は畑とか牧場がターゲットになるんじゃないか、って上が息巻いててさ。俺みたいな下っ端は何も言えねぇよ。……もう決まったことなんだ。セーナはアイツのこと気にしてたみたいだし、家の近くであんなことがあって怖かっただろ。安心させてやろうと思って特別に教えに来たんだ!」


 ライはふふんと得意げに鼻を鳴らし、これは秘密の情報だからな、と念を押された。


(デル様が、討伐される……)


 ぞくり、と一瞬で鳥肌が広がるのが分かった。


 1人で5万の兵を相手にしたデル様が、簡単にやられるとは思えない。でも、物事にはいつでも万が一ということがある。

 ライは誰か知らないけど上からの情報を聞いただけで、彼にいくら訴えても討伐が取り止めになることは無いだろう。だとしたら――


「ねぇライ、討伐はいつなの?」

「10日後だ。これ以上の詳しいことは機密情報だから、セーナといえど教えられない」

「そっか、わかった。ライ、教えてくれてありがとね」


 ――――どういう手段で誰が手を下すのか? デル様の居場所を討伐隊は把握しているのか? 分からないことは多い。だけど、日にちだけでも教えられれば彼は備えができるはずだ。今得た情報を、彼に伝えなければいけない。

この場でライに「その危険人物は国王様なの」と伝えても、信じてもらえないだろう。証拠が何もないからだ。私自身デル様から王のしるしとかを見せてもらったわけではない。彼がそう言ったから、そうなのだろうと信じているだけだ。


 不用意に発言して万が一私も要注意人物になってしまったら、王都に向かうことができなくなる。ただでさえ、森から出てきた記憶喪失な私は怪しいのだ。

 私は口を噤み、デル様に直接報告する選択をした。


「話はそれだけ。店抜けてきてるから、もう戻るわ」


 んじゃ、とライは小走りで食堂を出ていった。


 せっかく奮発して注文したステーキセットは、冷めきっていた。

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