第36話

今日は市場へ買い物に行く。

 可愛い食器とテーブルクロスが欲しいのだ。


 何でかと言われると、少し難しい。強いて言うならば、デル様というお客様がたびたび来るようになったから、だろうか。

 我が家は譲り受けたままの殺風景な小屋なので、小物類で居心地のいい空間を演出してみようかな、と思い至ったのだ。

 

 誘拐未遂事件のあと、デル様は2週に1回は様子を見に来てくれるようになった。話し相手という義務を果たすためでもあるようで、忙しいのに申し訳ないと思いながらも、デル様が来る日は何だかワクワクした気持ちになってしまう。

 というのも彼はとても聞き上手で、多分興味がないであろう私の調合話とか、日本とこの世界の虫の違いなどの話も、うむうむと耳を傾けてくれるのだ。「まーた星奈が変なこと言ってるよ」とあしらわれてきたことが多かったので、彼のようにきちんと話を聞いてくれる人は初めてと言ってもいいかもしれない。

 家の前の芝生にクロスを敷いて、湖を見ながらのんびりお喋りするひと時はまさに心のオアシスだ。忙しい合間に来てくれているのだから、せめてもう少し居心地のいい家にしたいと思っている。


 そして、実は1つ彼の弱点を発見した。

 どうやらデル様は、角が敏感らしい。


 彼の頭についたゴミを取ってあげようとして、少し角に触れてしまったことがあった。「……んっ」と声を漏らしピクッとした彼は、何と言うか、見ているこちらが思わず恥ずかしくなるような表情だった。私がプロの独身アラサーだからいいものの、一般のご令嬢だったら一瞬でのぼせあがってしまうだろう。

 デル様の角は感覚器かなにかの役割でもあるのだろうか? だとしたら、露出している状態はあまり好ましくないような気もするけれど――


 ――そんなことを考えながら快晴の空の下ブラブラ歩き続ければ、あっという間に市場の入り口に辿りついた。


「えーと、雑貨のエリアは…市場の一番奥の区画ね」


 トロピカリの市場は、扱っている商品によって区画が分かれている。

 いつもは食料品エリアにしか行かないので、入り口の案内版を確認してから進んでいく。

 

 ゆっくり15分ほど歩いただろうか、露店の色彩がガラッと変わる。

 賑やかなマルシェといった雰囲気の食料品エリアと違って、雑貨エリアはエキゾチック感が漂っている。鮮やかな色の布、精巧な刺繍がほどこされたサンダル、カラフルなタイルで作られた食器など、色とりどりの商品を揃えた露店たちが目の前に広がっていた。


「うわぁ……! 初めて来たけど、すごく魅力的な場所ねぇ!」


 行き交っているのは女性が多く、手には複数の包装を持っている人もいる。どの世界でも女性は可愛い雑貨が好きなのだなあと思う。仕立ての良い服を着ている人もちらほら見られ、貴族街からも来ていることをうかがわせる。


 着飾ることには興味がないけれど、雑貨は好きだ。大学時代はよく近所のアジアン雑貨店に足を運び、象の刺繍の入ったカバンとかチャームの付いたブレスレットなんかを買っていた。就職してからは疲れを癒すためのお香を集めるのが趣味だった。

 こちらに来てからそういう趣味はすっかり忘れてしまっていたし、まさか雑貨エリアがこんなに素敵な場所だと思っていなかった。もっと早く足を運んでいればと悔やまれる。

 

 初めて来る場所なので、とにかく手当たり次第に店に入ることにした。



「つ、疲れた……」


 食堂のテーブルに突っ伏しながら呻く。

 魅惑の雑貨エリアに興奮した私は2時間ほどウィンドウショッピングを楽しみ、一番私好みの品揃えだった店に戻って買い物をすることにしたのだが……。


「まさか、あんな店主がやっていたなんてねぇ……」


 ―――つい先ほどの出来事を振り返る。


 その店は市場のスタンダードである露店ではなく、建物を構えた店舗型のお店だった。

 薄暗く照明を落とした店内にところ狭しと雑貨が並び、時折癒しの観葉植物が置いてあるような、なんとも「掘り出しもの欲」を掻き立てる空間だった。


 最初にその店に入った時は店主不在だったのだが、戻った時には店の奥に居たようだ。食器を物色する私を見て声をかけてきたのだが――


『いよう、そこの美人さん。食器をお探しかな?』

『……ん? まさか、私に話しかけてますか? はい、来客用のちょっと可愛いものを探してまして……』


 店主を見ると、スキンヘッドのチャラそうな男、と表現するのがピッタリの風貌。ガタイの良い長身と、ピカピカと艶を放つ頭が印象的だった。


(アルミホイルを丸めてひたすら磨いたら、こんな光沢になりそうね)


 加えて切れ長の紫眼に、輪っかがたくさん付いた耳。顔のつくりは整っていて、ダンスグループにでもいそうなワイルドイケメンだ。こんな趣味の良い店の店主がこれかぁ、と思うと意外な感じだ。


『来客、ねぇ。もしかして彼氏とか?』

『いえ違います。彼氏なんていません』

『えっ、彼氏いないの? じゃあ俺なんかどう?』


 キラリと光る白い歯に、思わず顔をしかめる。

 正直こういう人種は苦手だ。私には、チャラ男の絡みを上手くかわすスキルが無い。早く選んで店を出たい。


『あれっ、お姉さん、もしかしてセーナちゃん?』

『えっ!? そうですけど、何で知ってるんですか? どこかでお会いしてましたっけ?』

『突然村に現れた迷子ちゃんだからね、そりゃ有名人よ。うわさ通り美人だね、今度お茶でもどう? もちろんご馳走するからさ』


 パチンと飛んできたウインクを、ハエのごとく叩き落とす。

 チャラ男特有の、冗談を本気っぽく言ってくるところが嫌だ。誰がどう見ても、私は美人ではない。それぐらい自分でも分かっている。

 相変わらず頭は天パでもっさりしているし、前髪も伸び放題。着ている服も、中古で買った最安値のワンピースだし。見え透いたご機嫌取りは全く響かない。


『結構です』


 思った以上に低い声が出た。

 私が本当に嫌がっているのが伝わったのか、店主がちょっと慌てた様子になった。


『じょ、冗談だよ! ごめんごめん、やりすぎちゃった。……来客用の食器だったね、それならこれはどうかな?』


 店主が店の奥から数枚取り出してくる。


『これは昨日入荷したもので、まだ店頭に出してない新作。ほら、タイルの模様がすごく美しいでしょ?』


 それは色とりどりのタイルがほどこされたプレートだった。揃いのボウルもある。植物を模した模様がついており、来客に出しても恥ずかしくない品があった。

 この店主、言動はイマイチだけど、やはりセンスはとても良い。


『……とても可愛いです、これ。2セットください』

『お、即決あざす! 美人割きかせて350パルでいーよ』

『……ありがとうございます』


 この男、全然反省していない。

 普段なら値引きに対して申し訳ない気持ちになるのだけど、今回は別にいいかという気持ちになる。言動全てが軽いのだ。元々350パルなんじゃないかとすら疑ってしまう。


『俺のことはラファニーとでも呼んでくれ。セーナちゃん、また来てな』


 白い歯をニカッとさせて、手を振るラファニー。

 その笑顔が誰かに似ているような気がしたのだけれど、私は振り返ることなく店を後にした。


―――と、2時間歩き回り、最後にチャラ男と遭遇してしまった私は疲れ切ってしまい、こうして市場の食堂で休憩することに決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る