第15話

(デルさんの本心は、別の所にある……?)


 そう気づいた私は、膝の上でギュッとこぶしを握る。

 彼は立場というもので、自分を抑えつけているのではないか? ――そんなことを思わせる感情が、彼の瞳の中にあった。


(魔王様に忖度するのは簡単よ。でも、それはデルさん自身に対しては失礼なことだわ)


 そう思い至った私は、ゆっくりと口を開く。


「……いえ、怖いとは思いません。デルマティティディスさんは人間側と共存を望んだのに、あちらが勝手に攻め込んできたのです。それは、戦うしかなかったでしょう。魔族のお仲間を守るため1人で戦場に立ったのは、本当にご立派だったと思います。争いごとを知らぬ私が言えたことではないですが、とても大変だったでしょうに……」


 デルさんが少しだけ目を見開いた。

 彼の青い瞳を見つめながら、私は言葉を続ける。


「このお話を聞く前から、私はあなたの事を好ましく思っていました。あ、恋愛的なことではないですよ。こんな小娘にも礼儀正しく丁寧に接してくれて、スープや薬も疑うことなく飲んでくれたのが嬉しかったんです。お話し相手として今後も仲良くさせてもらえたらいいなと、そう感じていました。……今秘密をお聞かせくださって、むしろその気持ちは強くなりました。デルマティティディスさんはお強くて優しい立派な王様です。私でよろしければ、ぜひ解毒に協力させてください」


 きっぱりと、且つはっきりと宣言する。


 驚いていた彼の表情は、徐々に力が抜けていくように見えた。


「……セーナ、ありがとう。そして、すまない。素性について隠していたわけではないのだが、何も聞いてこないならそれでいいかと、先延ばしにしていた」


 言葉は簡単であったが、デルさんは泣いているような笑っているような、初めて見る表情をしていた。


(最強の戦士である魔王様がそんな顔をするなんて。この人はどれだけ辛い思いをしてきたんだろう……)


 王様ともなると、私とは全然違う人生を歩んでいるに違いない。雲の上の存在過ぎて、彼の辛さは私なんかが想像して考え至るようなものではないはずだ。

 彼の過去を知らない以上簡単に共感はできないし、彼もされたくないだろう。でも――彼と出会ってからのことならば、私は自信を持って彼はいい人だと言えるし、応援したい、味方でありたいと思える人柄をしていると、断言できる。


 兄弟も奥さんもいないとなると、親が亡くなってからは全てを1人で抱え込んできたのかもしれない。


 確信はないけれど、行き倒れていたデルさんの髪に付いていた生卵。あれは、投げつけられたんじゃないだろうか。誰か、この村の人間に。

 察するに、デルさんは旧王国が倒れてからは人間と魔族の両方を治めているはずだ。旧王国軍を滅ぼした魔王様を恨んだり、魔族とともに暮らすことをよく思わない人がいても、不思議ではない気がする。倫理観の進んだ地球でだって、差別問題は根深く存在している。


(……だとしたら、ひどいわ。デルさんが反撃すれば、それを理由に評判を落とすこともできる。結局デルさんは我慢するしかないのよ)

 

 私の比にならないくらい悩み、耐え、諦め続けてきたのだとしたら……少しでも支えになりたい。話し相手と調合くらいでしか役に立てないけれど、居ないよりはマシだろう。


「デルマティティディスさん、私はいつでもあなたの味方であるとお約束します。あいにく難しいお話は分からないのですが、息抜きをしたくなったらお付き合いいたしますからね」


 膝上のこぶしを顔の前に持っていき、しゅっしゅっとファイティングポーズを取ってみる。


 デルさんはふっと一つ笑い、私の髪に優しく手を伸ばす。大きな手が髪を梳いていき、長い指が頬に触れた。そして、私の顔を覗き込みながら言う。


「ふっ、そなたが味方なら心強いな。まさか、人間の女性にそのようなことを言われるとは。300年近く生きているが、久しぶりに新鮮な体験をしている」

「な、長生きなんですね、デルマティティディスさんは……」


 デルさんの顔がすごく近い。透き通った白い肌、完璧な配置の鼻筋と眉、夜空色の瞳……。先ほど垣間見えた不安や自虐、諦めの色はもう無く、いつも通り圧倒的な美しさのみがあった。そしてなぜか面白そうに微笑んでいる。


 ――何となくこの空気感と早鐘を打つ心臓に堪えられず、目を逸らす。


「……あの。フェロモン攻撃はやめていただけませんか? 私の体に差し障りがあるので」

「フェロ、モン? なんだそれは。私はそなたに何の攻撃もしていないぞ。するわけないだろう」


 パッと離れて両手を顔の横にあげるデルさん。攻撃だなんて心外だ、とでも言いたげな表情だ。


「……そうなんですか。じゃあこれは一体何……? ひょっとして異世界固有の、新しい生理活性物質なのかしら?」

「何をブツブツ言っているんだ?」

「あっ、すみません。――毒矢の解毒については後程ゆっくり考えるとして、先に私の秘密をお話いたしましょうか」


 フェロモンでないなら何なのか。これだけヒトの心臓に影響を及ぼすのだから、何かしらの物質を放出していると思うんだけど。

 とても気になるけれど今は別の話の途中だから仕方ない。頭を切り替える。


 ――デルさんは誠実に秘密を話してくれた。だから私も誠心誠意応えなければならない。そうして初めて、対等な関係、恐れ多いけど真の友人になれるのでないかと思う。

 『ヒヨコ鑑定士』だなんて一瞬でも誤魔化そうした自分を恥じた。彼が私を受け入れてくれるだろうかという不安は勿論あるが、話さないという選択肢はもう無かった。


「信じてもらえるか分かりませんが、私……この世界の人間ではないのです。ある日突然、別の世界から来てしまったのです」

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