第14話
「今から100年ほど前のことだ。当時の人間王族は、愚かにも私利私欲のために魔族を支配下に置こうとした。魔族の長だった私は断固として拒否し、これまで通り共存を望んだ。しかし王族―――フィトフィトラ王国軍はそれを良しとせず、武力に任せて我らを討とうとした」
(な、何だか予想以上に重たい話だね……。てか、魔族の長ってことは、デルさん相当偉い人じゃない? もしかして、魔王ってこと!?)
『魔族の長』。文字通りに捉えるのであれば、彼は魔王ということになる。
今までの自分の態度を振りかえって、ぶるりと背中が震える。
「結果としては我ら魔族側が勝利した。フィトフィトラ王国軍を、王族だけ残して全て討ち取ったのだ」
「ま、魔族の皆さんはお強いのですね……?」
「……正確に言うと、戦ったのは私1人だ。こちらも軍を出せば、大なり小なり傷つく同胞が出るだろう。王族軍は5万程度であったから、私1人で滅ぼすことは難しくなかった」
(1人で5万の兵士を、討ち取る?)
あんぐりと口を開き表情が抜け落ちた私を気に留めることもなく、デルさんは涼しげに話を続けた。
「残った王族は、フィトフィトラ王国を放棄するかわりに処刑を免じてほしいと申し出てきた。私はそれを受け入れ、王族は追放処分だけで許してやったのだ。そして私はフィトフィトラ亡き後、ブラストマイセス王国を建国し、王として治めることになった。まあ、このあたりの歴史はそなたも知っていると思うので、詳しく話す必要はなかろう」
異世界から来たので初耳ですとは言えず、曖昧な微笑みを返しておく。
「大丈夫か、セーナ? 何やら顔が引きつっているが……。それで――体質のことだが。私は戦の中で毒を受けたのだ。並大抵の毒であれば私には効かないのだが、その毒矢だけは違った。私に対して効きが悪かったのか、元々そういう毒だったのかは分からないが、即死することはなくじわじわと体を害していった。……王族側に居たのはかなり特殊な毒使いだったのだろう。ほどなく勝利し、解毒のために捕らえようとしたが、流れ弾にでも当たったのか……見つけたときにはもう死んでいた」
麗しい顔に、少しだけ悔しそうな表情が浮かぶ。
温厚なデルさんしか知らないからか、彼の壮絶な過去を知って言葉が出ない。戦争だとか毒を受けたとか、そんな暗くて血生臭い世界に居ただなんて。
「毒を受けてからはずっと倦怠感が続いていて、頻繁に発熱するようになった。体調を崩すと魔力の制御がままならなくなる時もあり、執務に影響が出ている。……この国を治める者としての責を果たせない、そう思い国内外から名のある医者を集めて、あらゆる方法で解毒を試みた。100年前からみれば少しはマシになっているが、完全な治癒には至っていない。こうなっては王として相応しくないと判っているが、私には子や兄弟がおらず、王位を譲ることができない……」
半分独り言をつぶやくかのように、苦しげにデルさんは言葉を紡いだ。
そして、自虐的な表情を浮かべながら私の目を捉える。
「セーナ、私が怖いか? 1人で5万もの命を奪い、得体の知れない毒に侵された魔王だと知って」
夜空の瞳に射抜かれて、ハッと息が止まる。
嘘は許さない、お前の心はお見通しだ。そんな言葉が聞こえそうな圧を感じた。
私はまるで蛇に睨まれたカエルのように、彼の持つ覇者のオーラに呑み込まれかかっていた。
――――デルさんの瞳にわずかに浮かんだ不安と自虐、諦めの色を見つけるまでは。
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