第13話
今回のデルさんは何かおかしい。
一緒に寝ようと言ったり、今朝もスープを作るのを手伝おうと申し出てきたりした。
こちらとしては、話し相手になってくれるだけで充分なのだ。デルさんはお客さんなわけだし、あれこれされると落ち着かない。静かに座っていてほしいと思う。
今日のスープは、幼虫と
畑の土からよく発掘されるこの白い幼虫、ライに聞いたところミルマグという生物らしい。ミルマグは成虫になると家ほどの大きさになり、畑の作物を食い荒らすんだとか。動きが遅いから駆除は簡単みたいだけど。
――要は害虫なので、幼虫を見つけ次第私は食べることにしている。濃厚なココナッツミルクみたいな味で、結構おいしい。
そして杏仁豆腐のトッピングとしても有名な枸杞の実は、滋養強壮のほか疲れ目、老化防止に効果があると言われている素材だ。
ちなみに枸杞は、葉っぱと根っこも医薬品として利用されている。すごく優秀な植物である。
薬は引き続き十全大補湯を継続することとした。何となく分かってきたけど、デルさんの虚弱は突発的かつ頻繁なものの、比較的短時間でよくなるみたいだ。
体格はいいし鍛えているようなのに、不思議な症状だと思う。本人は体質だと言っていたから、何か事情があるのかもしれない。教えてくれたらより適切な薬を調合できるのだけど、自ら言わないことを踏み込んで聞いてしまっていいのか躊躇してしまう。
……でも私は薬剤師だから。
1人でもたくさんの人を健康で笑顔にする。それが今も昔も私の目指すところだ。
(とりあえず聞いてみて、嫌な顔をしたら引っ込めばいいわ)
◇
彼は昼過ぎに帰ると言っていたので、昼食の席で切り出すことにした。
「デルマティティディスさん、聞きたいことがあります」
「何だ?」
言いながら、むしゃむしゃとパンを頬張るデルさん。
何の変哲もない、むしろちょっと固いパンなのに、彼は優雅な手つきでそれをちぎり、口へ運んでいる。
「あの、もしよろしければなんですが……デルマティティディスさんが虚弱な理由を教えてもらえませんか? 原因が分かれば、より適切な薬を調合できるんです。……言いたくなければ無理にとは言いませんが」
あえてデルさんの目をまっすぐ見つめて言ってみた。他意などなく、純粋にあなたの健康を気にしているからですよ、という気持ちを込めて。
彼はパンをちぎる手を止め、こちらに視線を向ける。その目には探るような色が浮かんでいた。
(――やっぱり、簡単に言えるようなことじゃなかったんだ。もう少し信頼関係ができてから聞くべきだったかもしれない)
高貴なお方が簡単に自分の弱点を話すわけないか。ここは日本じゃないんだから、警戒されて当然だ。
失敗した、と項垂れていると意外な答えが返ってきた。
「……話してもよいが条件がある」
「えっ! 何でしょう?」
「2つある。まず、セーナが私の専属薬師となることだ。平民であれば他に客を取って構わないが、貴族階級以上の者はだめだ。私の求めがあった時にはそれを最優先にすること。もう一つは、私の秘密を話すのだから、そなたの秘密も何か教えてもらいたい」
「はあ……」
――専属の話は悪くない。既存客は平民しかいないので大丈夫だ。それらを全て切れということならこちらにも付き合いがあるので困るけど、続けてよいなら経済的に安定するし、断る理由はない。
問題は秘密の方だ。
私の秘密となると、アレしかない。違う世界から来た件だ。
唯一にして最大の秘密を打ち明けてしまっていいのだろうか?
話した途端に気味悪がられたり、からかうんじゃないと怒られたりする可能性は大いにある。
(――――それは嫌)
自分でもびっくりするぐらい、はっきりとした感情が湧いてきた。
約束を守って今回訪ねてきてくれて、本当に嬉しかった。そのうえ昨夜なんか抱きしめられて気持ちが溢れてしまい、不覚にも泣いてしまった。
きっと私は、本能的に彼は良い人だと感じている。なんなら話し相手として細く長く付き合ってくれたら嬉しいなとさえ思っている。からかってくるところもあるけど、基本的には常識人だし。
――良い人に嫌われたくない。理由としてはそんなところだろうか。
卑怯だけれど別の軽~い秘密で勘弁してもらおう。『実は、ヒヨコ鑑定士の資格を持っています』というやつだ。
「……分かりました。デルマティティディスさんの専属薬師となり、私の秘密を一つお教えしましょう」
「よろしい。では、私の体質についてだが――」
満足げに頷くデルさん。
長い脚を組みかえて、彼は話し始めた。
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