第10話

「い、いや会ったんではなく、うちの前を通りがかった旅の人がお喋りしてるのを小耳に挟んだというか。で、そういう人がいるのかぁってビックリして。でも普通のことなのかなぁって分からなくて。ほっ、ほら、私記憶が飛んでるじゃない?」


 突然村に現れた私は、記憶を喪失した迷子の女性、という扱いになっている。

 ライの権幕に気圧された私は、本当のことが言えず、濁した返事をした。


「……ふーん? その旅人が、どこで知ったのか気になるけどな。いいかセーナ、その指パチン角男は普通じゃない。この国にそういう超常現象みたいな事ができるやつなんて、ほとんど居ない。ゼロに近い。角だってそうだ、村のやつらは何もないだろ? ないのが普通なんだ。だからそいつはヤバい。関わらない方がいい奴だ」


 気軽な質問がなんだか大事になってしまってアワアワする。

 ライ、顔が怖い。いつも笑顔な人がそういう顔をすると、どうにも心に刺さる。泣きたくなってきた。


「ごめん、ライに心配かけるつもりは無かったの。分かったから、つい興味本位で聞いただけだから、そんなに怖い顔しないで」

「……分かったならいい。あと、この話、ペラペラあちこちですんなよ。ただでさえお前は出所不明で怪しいんだから、立場悪くなるぞ」

「わ、分かった。旅人さんたちが話してたことは普通じゃないんだね。他でこの話はしない。じゃ、じゃあもう帰るね!」


 逃げるようにして店を後にする。年下の男の子の剣幕に動揺するなんて、情けない気持ちになった。

 時間に余裕があれば道具屋で調合器具を見ていくつもりだったけど、最早そんな気分にはなれなかった。トボトボと帰り道を往きながら、ライに言われたこととデルマティティディスさんの様子を思い返す。


(…………悪い人には思えなかったけどなぁ)


 とがった大きな角と魔法のような力を持った彼。ベッドで首元を寛げた時に見えたけど、身体は程よく筋肉がついて引き締まっており、鍛えていることは明白だった。虫を殺すような力で私なんか捻り潰せるだろうと、本能的に感じた。

 でも彼は危害を加えるどころか終始丁寧だったし、薬のお金を払おうともした。危険人物には、どうしても思えない。


(でも、ライが理由もなく嘘をつくとも思えない……。私が知らない彼の一面があるのかも)


 夕焼けが、掘っ立て小屋への一本道を侘しく照らす。


 来るときはさかんに鳴いていた牛もどきは、牛舎に帰ったのだろう。あたりは静かで、わずかに鈴虫の鳴き声が聞こえるばかりだ。


(この世界について私は何も知らないのだから、とりあえず慎重に行動するべきかも。……もう彼が私のところへ来ることはないと思うけれど)


 なんとなく、ライにこのことを聞かなければよかったと思ってしまう。

 いつものように卵だけ買ってすぐ帰れば、こんなにもやもやすることは無かったのに。

 掘っ立て小屋に着くころにはひどく疲れていた。


(今日はこのまま寝よう)


 最低限の着替えと清拭だけ済ませてベッドに倒れ込み、私は目を閉じた。

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