第9話

「消えちゃった……。魔法……なのかしら。この世界に来て、そういうのは初めて見たけど」


 この世界の文化や産業の発展度、建物の感じは、私の知る言葉で表すと一昔前のヨーロッパと言うのが最も近い。私の知っている知識や経験が通じるところもあれば、大きく違う所もある。髪の毛とか目の色はド派手だし、見知らぬ動物とか道具もちらほら見る。通貨や数量の単位も違っていて、地球生まれ日本育ちの私からすると、まだまだ未知の世界なのだ。


 そんなわけで、今目の当たりにした魔法のような光景は、ここに来てから初めて目にした。もしかして、みんな使えるのだろうか? わざわざ披露する機会がないだけで、能力自体はみんな持っているのかもしれない。もちろん私には無いけれど。


(魔王様が治める国らしいし、あながち普通のことなのかもしれないね。もし私も魔法が使えるとしたら、癒しの魔法がいいかな。薬剤師らしくね!)


 素敵な想像をしながら、机の上に残されたスープの皿を片付ける。


「それにしても、あのイケメン様に対して、話し相手になってほしいだなんて……大胆すぎたかな? 久しぶりに誰かとゆっくりお喋りできて、何だか楽しかったなぁ」


 独り言は続く。


「……でも、あんな人がこんな所にホイホイ来られるわけないよね。すごくきちんとした身なりしてたし、口調も村の人とは違っていたし、よそのお貴族様とか偉い人なのかも。また来るって言ってくれたけど、社交辞令だろうなぁ……」


 サルシナさんが教えてくれたけど、この世界には貴族と平民という二つの身分が存在する。


 各領地の中央部分に貴族街があり、それを取り囲むように市場や平民街があるんだとか。トロピカリは特殊で貴族も自ら農業をしているけれど(老後のセカンドライフに人気らしい)、他の街の貴族は税収で暮らすのが普通らしい。


 洗い終わった皿を拭き、棚に戻す。


「ま、期待はしないでおきましょう。ささ、今日の予定をこなさなきゃ!」 


 すでに昼刻となっていたので、急いで支度をして市場へ向かった。



 今日も賑やかなトロピカリの市場。人々の表情は明るく、この国の平和をうかがわせる。お貴族様っぽい上品なご老人でさえ、作業着を着てうろうろしているのが微笑ましい。

 流れるプールのように人がごった返す大通りを抜け、一本道を入った赤いのれんの前で足を止める。


「ライ! こんにちは。卵を10個と、鶏肉を200パームちょうだい」

「おう、セーナ! 今日はいつもより遅いんだな! 相変わらず冴えないツラしてんな~。……今包むからそこで待ってろよ」


 ニカッと爽やかな笑みを浮かべるのはライ。この鶏屋の店員だ。


 彼は20歳そこらになる人懐っこい青年で、白銀の髪をポニーテールにしている。ミドリムシのように澄んだ緑の瞳はいつも好奇心に溢れていて、無邪気な笑顔に魅かれる女子は多そうだ。

 そんな彼は、私が突然村に現れた時も興味津々で近づいてきて、食料を分けてくれたり何かと世話を焼いてくれたりした恩人でもある。私の冴えない容姿をからかってくるけれど、それは事実だから仕方ない。ライは素直で無邪気なのだ。姉のような気持ちでやり過ごすことにしている。


 そういうわけで、市場に鶏屋はたくさんあるけれど、私はライのいる店を贔屓にしている。決してヒヨコをもふもふさせてくれるからではない。


「ヒヨコしゃ~~ん。元気ですか? なんでこんなに可愛いのかな君たちは……。けしからん、実にけしからんですよ。今日もオヤツを持ってきましたよ、さあどうぞ!」


 軒先の木箱にみっちり入ったヒヨコ達に駆け寄り、スープに使った野菜の切れ端を差し出す。


 元の世界では、ペットショップへ癒されに行くのがささやかな趣味だったのだ。ペットショップで餌付けはできないけれど、ここでは違う。ライに許可をとってあるから好きなだけオヤツをあげてモフれるのだ! 万歳!


「またやってんのかよ……。ほら、これ卵と肉。あんまりいじりすぎるとヒヨコは死ぬぞ。弱っちいからな!」

「ごめんごめん、ついね。ありがとライ。……あ、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」


 ライは呆れた顔でこちらを見つつも、なんだ、と顎をクイッとして先を促す。


「あのね……指パチンで風を出したりするのって皆できるの? あと頭に角があるのって、よくあることなの?」


 ライは私がよそ者であることを知っている。だからこんな質問をしても怪しまれることはない。そう思った。

 そういう理由で気軽に聞いてみただけなのだが、途端ライは表情を強張らせた。


「お前、そういう奴に会ったのか? 正直に言え」


 いつも気のいい表情をしているライの初めて見る表情に、心臓がドキリと震えた。

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