第8話

翌朝。

 いつもの時間に鳥のピーチクパーチクで目が覚める。


 マイハウス掘っ立て小屋の間取りは1LDKだ。ボロいけど広さはある。

 リビングにあたる部屋にはベッドとテーブル、収納家具、暖炉があり、もう一部屋を調合部屋かつ素材置場としている。トイレはいわゆる汲み取り式で、お風呂は無いので簡易五右衛門風呂のようなものを家の裏手に自作している。


 外に出て湖の水で顔を洗う。ひんやりと冷たくて気持ちがいい。


 ふと、水面に映った自分の顔と目が合う。

 もっさりした天パの黒髪に、長い前髪からのぞく焦げ茶色の目。首元がよれたクラスTシャツは物悲しく、一言で表すなら「地味」である。おしゃれとは無縁で、27年間真面目に生きてきた私の姿だ。


(……我ながら、すごい姿ね)


 日本にいたときは、最低限の身だしなみは整えていた。けれど、異世界に来てからはそれすら面倒になり、全くお手入れしていない。すべて後回しにして、調合とか虫の解剖に勤しんでいたからだ。


(お客さんがいるとなると、さすがに失礼かもしれない)

 

 変人と呼ばれる私だが、人並みの礼儀は持ち合わせている。

 とはいえ、ヘアワックスとかメイク用具なんて持っていない。市場でそれっぽいものは売っていたけど、気に留めずスルーした自分を少しだけ恨む。薬師も客商売だから、見た目は大切かもしれないと今更気づいた。


 仕方ないので、申し訳程度に髪を水でなでつけておく。

 キッチンで着替えをしてリビングへ戻ると、男は目覚めていた。


「おはようございます。具合はどうですか?」

「ああ、昨日よりずいぶんいいな。起き上がれそうだ」

 

 彼はゆっくりとベッドから体を起こし、そのまま立ち上がった。

 いざ目の前で並んでみると、男はとても背が高かった。156㎝の私が首をかなり曲げる高さだから、少なく見積もっても180㎝はありそうだ。スラッとしているが体の厚みはあり、引き締まっていて鍛えているような印象がある。

そして、やはりとんでもない美貌を持っていた。すっとひかれた眉と鼻筋は彫刻のようで、長い睫毛に白磁の肌は繊細な芸術品のようである。ボロボロのこの小屋に、非常にアンマッチな存在だ。


「スープを飲みますか? その間に今日の薬を調合いたしますね」

「……もらおう。手厚い看護に感謝する」


 少しかがんでもらっておでこの熱を確認する。脈と舌の様子も見せてもらい、どの薬にしようか思案する。…………この様子だと十全大補湯じゅうぜんだいほとうがいいだろうか。



 棗のスープと薬の提供を済ませ、私も椅子に座った。

 

「世話をかけてすまない。男が家の中で倒れていて、さぞ驚いたであろう。……私の名はデルマティティディス。そなたの看病に礼を言う、ありがとう」


 彼は非常に礼儀正しかった。

 切れ長の射抜くような瞳でこちらを見るものだから、免疫の無い私は反射的にドキリとして目を泳がせる。


「いっ、いえ、大丈夫ですよ! 確かにびっくりはしましたけど、お気になさらずです! あ、私は薬師をしているセーナと言います」

「そうか、セーナというのか。そなたが作る薬、私によく効いたようだ。いくらか持って帰りたいのだが良いだろうか?」

「あ、分かりました。今お出ししているものは、引き続き飲んでいただいた方がお体には良いと思いますので、ちょうどよかったです。これ、全部お持ちください」


 台所から作りたての十全大補湯パックを持ってきて、ずらりと机に並べる。


「ありがとう。……代金はこれで足りるか?」


 デルマティティディスと名乗った男は、何やら腰元をごそごそして、無造作に硬貨を取り出した。

 思わず二度見するような量の金銀を見て、私は目玉が飛び出た。


「いやいやいや! これは多すぎますよ、庶民1年分の生活費ですけど!? いいんです、人助けのうちですから今回お代は結構です!」

「だがしかし…………」


 彼は周りをチラチラ見て、何か言いにくそうにしている。家がボロいから貧乏だと思っているのだろうか。まあ、確かにこの小屋は家と呼べるか疑わしいレベルだけど。


「家は汚いですけど、日々暮らすお金は間に合っているのですよ。……もし代金のことが気になるようでしたら、よかったらまた来てくれませんか? いつも1人で居るので、話し相手が欲しいと思うことがあるのです」


 調合や解剖で充実はしているけれど、茶飲み友達ぐらいは欲しいなあと思っていたところだ。デルマティティディスさんは礼儀正しいし、変な人ではなさそうだ。

 それに、仲良くなったら、もしかしたら角に触らせてくれるかもしれない。角がどういう仕組みなのか、実はすごく気になっている。


「そなたがそう言うのなら、分かった。そう頻繁には来られないが……善処しよう」


 フッ、と初めてデルマティティディスさんが笑った。無表情から生まれたそれは、少し幼ささえ感じるような、すごく意外な表情だった。


 そのまま立ち上がり指をパチンと鳴らす。次の瞬間男の周りに竜巻が生じた。


「うわっ、何っ!?」


 思わず両手で頭を守り、竜巻に背を向ける。

 だけど竜巻は一瞬でおさまって、彼も姿を消していたのであった。


【後書き】

☆十全大補湯とは

原典:太平恵民和剤局方

適応病:太陰病期の虚証で,疲労衰弱した気血両虚に対して用いられる。抗がん剤使用時の体力維持に使われることもある。

弁証:裏・虚/気虚・血虚/肝・脾

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