第6話

今日も平和な1日になりそうだ。

 そんなことを考えながら、私は今、村の市場に向かっている。


 自宅である掘っ立て小屋はトロピカリの外れの方にあるため、市場のある市街地までは歩いて1時間ほどかかる。黄色いレンガでできた一本道を延々と歩くのだ。

 この世界に四季というものがあるのか不明だけど、今はちょっと暑い。日本で言う6月くらいの体感温度だ。


「ま、いいんだけどね。社会人になってからは全然運動してなかったし、ウォーキングくらいしなくっちゃ」


 額に浮かんだ汗を布きれでぬぐう。

 一本道の周囲には牧草地や畑が広がっており、時折「モ~」という牛の声が聞こえる。地元北海道を思い起こさせるのどかな風景に、心穏やかな気持ちになる。

 ……いや、あれは牛ではないな。似ているけれど、角が4本ある。この世界固有の動物のようだ。


 見慣れない動物たちを興味深く観察しつつ、歩を進める。


 本日の目的は、収穫したハーブや漢方薬を薬店に卸すことだ。

 先日ゲットした調合道具のお蔭で、私の異世界ライフはいっそう充実している。収穫した薬草を使って、数々の漢方薬を調合している。


 景色を楽しみながら小一時間歩けばポツポツと建物が増えてきて、やがて活気にあふれた市場が姿を現した。


 ここトロピカリでは建物に店舗を構える商店ではなく、出店のような露店型がメイン。市場の通りの左右にはカラフルな露店が並び、とれたての野菜や木製のカゴといった加工品などが道に面して雑多に陳列されている。

  農業が主産業といっても、いい草が生える土地は畜産も発展しており、質の良い肉や卵を扱う店も多い。


(香草マンモスソーセージ? この世界にはマンモスがいるのね!! 美味しそうなお肉だわ、帰りに買っていこうっと)


 マンモス屋から漂うスパイシーな香ばしさに、よだれがじゅわっと湧く。

 通りがかるだけでも目移りするような市場。各店の威勢のいい呼び込みや美味しそうなニオイに心弾ませつつ、目的の店を目指す。


「こんにちは、サルシナさん! セーナです」


 青いのれんを掲げた店の前で声をあげる。


「ああセーナ、よく来たね。あの小屋からだと大変だろう……。今茶を淹れるからね。待っている間に持ってきたものを机に並べてくれるかい?」


 いそいそと出てきたサルシナさんはここの店主で、茶色の巻き毛に金色の瞳を持ったふくよかな女性。村に突然現れた私を訝しがりつつも、私が持ち込むハーブや漢方薬の価値を高く評価し、付き合いを受け入れてくれた貴重な薬店(取引先)だ。


「よっこらしょ」


  背負っていた籠を地面に降ろして、商品を机に並べていく。持ってきたのは大棗たいそう紫蘇しそ蓮肉れんにくといった漢方素材からレモングラス、バジル、ジャスミンなどのハーブまで幅広いラインナップだ。手作りの漢方薬としては四君子湯しくんしとうを持ってきてみた。


「今日の漢方薬は四君子湯です。これは簡単に言うと気力を補うお薬です。胃腸を壊して顔色が悪くなってしまった状態や、疲れが取れない人に効果があります。この小分け1パックを土瓶かヤカンで煮出して3等分し、朝昼夜と飲みます」


 お茶を持って戻ってきたサルシナさんに、そう説明する。


「へぇ、また便利そうな薬だね! ここいらの奴らは毎日農作業で疲れてるし、暑くなると食あたりも増えるから役に立ちそうだよ。あ、そういえばあんたがこの間持ち込んだケイシトウ、風邪をひいた連中によく効いたよ! また新しい薬が出来たら買い取るから、じゃんじゃん持ってきておくれ」


 この世界では、薬草単体を薬として服用するとか、傷口に塗るのが一般的だそう。いくつもの生薬を混ぜて調合している私の漢方薬は効果が高く珍しがられている。


(やっぱり、私の技術って、この世界では結構需要があるのかもしれない)


 元の世界に戻る方法が分からない今、どうにかここでやっていくしかない。

 幸か不幸かこの世界の医療は遅れている。自分が持っている漢方や化学の知識を生かせば、この世界の困っている人たちの役に立てそうだ。


(日本にはない生薬とか菌もたくさんありそうだし、新しい薬も作れそうな気がするのよね)


 知的好奇心に負けて、調合以外にも、私は行動を開始している。


 見慣れない虫や蛇を解剖して、夜な夜なスケッチするのが楽しくてたまらない。スケッチが完了したら亡骸を酒精に漬け込んで薬膳酒を作る。素材を隅から隅まで研究し、最終的には味見のために食べる。これが被検体に対する私の流儀だ。


 元の世界に多少未練はあるが、かつて研究者をしていた身としては、未知なるものにウズウズしてしまうのが正直な所だ。……まあ、こんなんだからマッドサイエンティストって呼ばれるんだろうけど。


「じゃあシクンシトウを全部と……素材とハーブの方はこれとこれと、…これももらおうかな。代金は500パルでいいかい?」


 サルシナさんの声でハッと引き戻される。


「はい、それで良いですっ!!」

「なんだい、その騎士みたいな威勢のいい返事は……。変な子だねぇ……」


 ボソッと呟くサルシナさん。

 エプロンみたいな服のポケットから、銅の硬貨を5枚渡してくれた。


「……はい、確かに500パルいただきました。ではまた来週来ますね、またよろしくお願いします!」

「もう帰るのかい? あー……、あんたの家遠いもんね、仕方ないか。暗い中1人で歩いたら危ないからもう帰りな。またおいで」

「お気遣いありがとうございます。ではまた」


 丁寧にお辞儀をして店を出る。

 朝、素材やハーブを摘んでから市場へ来るので、往復時間を加味すると残念ながらのんびりしていられない。


 サルシナさんの店を後にした私はマンモスソーセージを調達したのち、画材屋でスケッチブックを購入。ほくほく顔で市場を後にしたのだった。


「ただいま~!」


 誰も居ないのは分かっているが、元の世界の習慣が抜けない。

 口笛を吹きながらドアを開け、一歩部屋に入る。――――が、室内を見てギョッとする。


 明かりが付いていない薄暗い小屋の床に、黒い塊が倒れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る