第4話
「今日もよく働いたわぁ~っ!」
思いっきり伸びをしながら声を上げる。
いきなりの大声に驚いた鳥たちが、バサバサと慌ただしく飛び立つ。
パンパンッとスカートに着いた泥を払う。
ここは湖のほとりに立つ掘っ立て小屋。私の家だ。
毒キノコ事件のあと住むところがない私に与えられたのが、ちょうど持ち主が亡くなったこの掘っ立て小屋。老朽化して半分崩れかけたような見た目だが、ギリギリ雨漏りはしない。中は家具も揃っていて意外と快適だ。
ここに来て数週間が経つけれど、やっぱりここは地球ではなさそうだ。
親切な村人が教えてくれて今わたしが知っていることは3つ。
ひとつ、この村はトロピカリといい、この国では田舎都市にあたるということ。
ふたつ、トロピカリの主要産業は農業。トロピカリは栄養分に富んだいい土をしているらしく、耕作や畜産でこの国を支えているそうだ。
みっつ、この国の君主は「魔王様」である。
……意味が分からなかった。村の人はみな人間のようだし、物語に出てくる魔王だとか魔物だとかで思い浮かべるような物騒な様子は一切無い。この一点のみ、私は信じ切れていない。まあ、本当だとしても、魔王様と関わることなんてないだろうから大丈夫だろうけどさっ。
そんなこんなでこの掘っ立て小屋を住まいとしつつ、畑で薬草を育てたり、すぐ裏手の森から収集したりして生計を立てている。
なぜ薬草なのかというと、私は元の世界で薬剤師の資格を持っていたからだ。実際働いていたのは製薬メーカーでの研究職だったけれど、もともと植物は好きだったし薬学部時代の知識で薬草には詳しい。
毒キノコ事件の時にも感じていたけど、やはりトロピカリの森には多種多様な薬草が生育している。元の世界で言う気候や生育地をまるで無視して、本当に色々生えている。これも土が良いからだろうか? それとも別に理由があるのだろうか。香油やお茶として楽しむようなハーブから、漢方薬の材料として利用できそうなものまでたくさん自生しているので、そのうち薬師としても活動できそうだ。
「湖が目の前にあるのも良いよね。やっぱり綺麗な水がたくさんあるのと無いのじゃ大違いだから」
そう独り言を言いながらテラスの椅子に腰かけ、湖に溶け出していく夕日を眺める。
テラスと言ってもおしゃれなものではない。拾ってきた木箱をテーブルとし、汚れたテーブルクロスを木々の枝に引っかけて日よけにしただけの急ごしらえだ。
……元の世界では仕事ばかりしていて、寝て起きたら何故かこの世界に居た。死んだのか飛ばされたのか明確な答えは分からない。
まだ数週間ではあるが、調合と畑仕事がメインのこの暮らしはのんびり平和で、意外にも受け入れている自分がいる。自由に時間を使えるし、面倒くさい決まりもない。街外れに1人暮らしの私は、変なことをしたって誰にバレるわけでもない。むしろ快適感すら覚え始めている。
そんなことを考えていると、木箱机に置いた死体と目が合った。
「――――解剖でもしてみようかしら」
さきほど畑仕事中に出くわした、青っぽい蛇だ。私と出くわすなり、変な臭い汁を飛ばしてきたから、鍬で返り討ちにしてやったのだ。
(図鑑で見たことがないから、ここの固有種かもしれない。この世界には、未知なるものがいっぱいあるに違いないわ!)
寂しさよりも知識欲が勝るあたり、私はやっぱり変な人間なんだろう。でも、別にいいよね。ここは異世界なんだから! 人の目なんてあって無いようなもんでしょう!
うっとうしい長い前髪をかきあげ、ふふふと笑う。
むんずと蛇の死体をわしづかんで、私は台所へ向かうのだった。
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