第3話
女の子の付き添いとして彼等が住む街に着いて行ったところ、そこは全く知らない場所だった。
もっと言えば日本でもなく、現代の地球だとも思えなかった。
街並みについて私の少ない語彙力で表現するならば、一昔前のヨーロッパという感じ。歴史の教科書で見たような、馬車が走る石造りの街だ。女性は質素なワンピースにエプロンをして、男性はつぎはぎのシャツにズボン。もちろん電化製品など見当たらず、生きたままの豚や鶏などが軒先に並び、店主が威勢よく客を呼び込んでいる。
……その店主はあり得ない髪と瞳の色をしていた。
(銅Ⅱイオンみたいに綺麗な青色だわ…!)
マッドサイエンティストだの変人といったあだ名を持つ私に、詩的な例えはできない。でも、イオンの色ってすごく綺麗だよね!?
一瞬大好きな化学の方向に気がそれてしまったものの、すぐに現実に引き戻される。
珍しい髪色をしているのは店主だけではなかった。行き交う人々はみな銀や緑、青などなど、すごくカラフルな色彩を持っていた。たまたま毒キノコ家族や救助にきた一行は暗めの髪色だったから、この異常な光景に目が離せない。
髪を染め、カラーコンタクトをしているのだろうか? いや、この街並みを見る限りそれほど技術が発達しているようには見えない……。
(私はいったいどこに来てしまったのかしら……)
なんとも言えない不安が膨らんでいく。
もっとよく観察したかったけど、今は女の子を診療所へ運ぶことが優先だ。
きょろきょろしながらしばらく歩く。
大きな噴水に面した広場の一角で、一行は歩みを止めた。どうやらここが診療所らしい。
――――診療所に運び込まれたときには、女の子は意識を取り戻していた。引き続き具合は悪そうだけど、ヤマは越えたとみて良さそうだ。
私の申し送りを聞いたおじいちゃん医師は「聞いたこともない処置だ」と驚いていた。もしかして、ここは医療も遅れているのだろうか。
たしかに診療所は離島のそれのようで、医療器具や薬品といったものはほとんど見当たらなかった。簡易ベッド、包帯、点滴台、瓶に入った生薬が少し。パッと見る限りそんな程度だった。
無事に引き渡しを終えて、少しホッとした気持ちで診療所を出る。
「はぁ、どうにかなって良かった。………うわっ!? なになに!?」
診療所前の噴水広場一面に人だかりができていて、たくさんの目がこちらを見ていた。
さながら不倫をしでかして、報道陣が殺到した芸能人みたいな状況である。
あっという間に私は取り囲まれた。
女の子の様子が気になって来た人もいたけれど――大多数は私を目当てに集まった人だった。
この街はさほど大きくない上、住民同士のつながりが強いようで、「きみは誰だ」と、よそ者であることがばれていた。
ここで初めて、自分はみんなと違う衣服を着た怪しい女性であることに気づく。周囲の観察に必死で、自分がどう見えているかということに、全く気が回っていなかった。
答えに詰まって黙っていると、次々質問が飛んできた。
あたりさわりない会話はできたし、物の名前などは大体答えられたけれど、この国や土地に関する質問については一つも分からなかった。
(どうしよう、私、本当に違う世界に来てしまったみたい…………)
何も悪いことはしていないのに、冷や汗がとまらない。どうしよう、正直に話したところで信じてもらえるか――――
拳を握りしめ、ぎゅっと目をつむる。
「――――記憶喪失かのう?」
いつのまにか外に出てきていた、診療所のおじいちゃん医師が呟いた。
…………行き詰っていた私は、おじいちゃんの話に乗っかることを瞬時に選択した。
もろもろ正直に打ち明けたら事が大きくなるに決まっている。こちとらアラサーの人畜無害な薬剤師だ。不審者認定されて捕まりでもすれば、1人で逃げ出すなんて到底無理に違いない。とりあえず、ここは穏便に済ませるのが正解だと判断した。
「……うーん、そうかもしれません。あっ、そういえば頭が痛いです。転んで頭でも打った気がしてきました!」
(とんだ猿芝居ね)
やっていて侘しい気持ちになってくるが、生き延びるためには私のちっぽけな自尊心など些細な犠牲だ。おじいちゃん医師の言葉に乗っかり、記憶喪失した迷子の女性を熱演した。
――――結論から言うと、私はこの村トロピカリに住むことを許された。
住民の信頼を得たというわけではないが、害にはならないだろうと判断された。女の子の両親が口添えしてくれたことと、ライという青年がなぜか味方についてくれたからだ。ライは結構影響力のある人物のようで、反対派をうまく言いくるめてくれた。
彼らのおかげで、私はこの村で新しい人生を歩み始めることになったのであった。
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