第33話

「購入目的と、お客様のお好みから商品を選びます。

今回は初釜にお召しになる着物、とのことですのでこのあたりを」


絵羽ものの中から、迷いなく数枚を選びだす。

それくらい彼は、お客様のことを熟知しているのだと感じさせた。


「本当は金池様に有坂染色の着物をお勧めしたかったんですけどね。

きっと、気に入ってくださると思ったので」


話しながらさらに色無地の反物と、それにあわせて長襦袢地も何反か、傍で控えていた、宅間さんの持つ盆にのせる。


「そういえば、どうして家の工房を知ってたんですか」


前にも言ったが、父も祖父も、品評会の類いには滅多に出品しない。

問屋から工房協賛で展示会に参加しないかと誘われたりもするが、それも断っているくらいだ。

だからこそ、経営が苦しいというのもある。


「店のお客様がある日、とても素敵なお召し物でご来店されたんです。

夫の選挙活動で着いていき、そこでたまたま入ったショッピングモールで一目惚れしたのだと言っていました」


今度は、着物にあわせた袋帯を選んでいる。

それも、ほぼ迷いなしに探している感じがした。


「父と弟はそんな店で買った着物、と密かにバカにしていましたね。

でも私は、目を奪われました。

それくらい、魅力的なものだったんです」


袋帯を選んだあとは、小物類を選びはじめた。

見ていてわかる、三橋さんにコーディネートを任せれば、間違いはない。


「落款を見せていただき、有坂染色だと特定しました。

こういう言い方はあまり好きではないですが、ショッピングモールのテナントの店先ごときで売られる作品ではないですよ、おじい様とお父様が作っているのは」


選び終わった品を抱えた宅間さんと共に、表へ行く。

そこで選んできた品を宅間さんへ指示を出し、三橋さんは衣桁へ掛けさせた。


「もっとこれを、正当な価格で売りたいと思いました。

それでいても立ってもいられず、金沢へ」


三橋さんがうちの工房の作品に惚れ込んでくれたのは嬉しい。

が、引っかかることが。

正当な価格、とは?


「あの、三橋さん。

それって父は」


問屋さんに買い叩かれていたんだろうか。


「ああ、違いますよ、鹿乃子さん!

問屋さんは問屋さんなりの価格だと思います。

私がそのお客様から聞いた上代と、有坂染色の帳簿から推測するに、問屋さんも小売店さんも暴利を貪っているわけではありません」


慌てて、三橋さんが否定してくる。

でもやはり、引っかかった。


「お話を聞くに、お父様とおじい様は、自分の作品に対しての評価が低いんですよ……。

あと、長年お世話になっている問屋が苦労しているなら、というのが」


「あー……。

そう、ですね」


それは思い当たる節がありすぎる。


『有坂さん。

うちよりも、もっといい小売店と取り引きのある問屋を紹介します』


『有坂さん。

うちに遠慮することありません。

利益はしっかり取ってください』


問屋のおじさんは毎回のように、父へそう言っている。

でも、父の答えは。


『あんたとは俺がかけだしの頃からの付き合いなんだから、気にするな』


で、全く聞く耳を持たない。


「だから私の手で、売りたかったんですけどね……」


はぁーっ、と三橋さんの口からため息が落ちていく。

父も祖父も三橋さんのことは気に入っているが、三橋呉服店との取り引きはいまだに承知していない。

いや、三橋さんの話を聞いてますます、お断りという空気になっている。


「さて。

これで準備は調いました。

時間もそろそろ、といったところですね」


部屋の中はミニ展示会といった感じになっていた。


「私は、どうすれば……?」


「そうですね、紹介が済んだあとは適当に、座っていてください」


「適当……?」


とはどこだとは思ったけれど、邪魔にならなそうな隅っこにでも座っていたらいいのかな。


「金池様がお越しです」


外から声をかけられ、三橋さんの背筋が伸びる。

私もその少し後ろへ、姿勢を正して控えた。


「いらっしゃいませ、金池様」


「漸さん、今日はよろしくね」


入ってきたのは白髪の、上品な奥様だった。

三橋さんは美しい笑みをたたえているが、それはどこか嘘くさい。


「今日は紹介したい人がいるんですよ」


三橋さんに促され、一歩、彼女の前へ出た。


「有坂染色のお嬢さんの、有坂鹿乃子さんです」


「はじ……め、まして」


挨拶をしながら、笑顔が引きつらないように気を遣う。

はいーっ見習いに接客を見学、って話じゃなかったですかー?


「あら!

あの、有坂染色のお嬢さんなの!」


金池さんから食いつき気味に顔を近づけられ、背中が反りかけたがぎりぎり耐えた。


「はい、あの有坂染色のお嬢さんです」


三橋さんはにこにこ笑っているが、もう完全に胡散臭い。


「私、栄一郎えいいちろう様の作品のファンなの!

けれど、方々を訊ね歩いてもなかなか巡り会えなくて。

最近は工房へ直接、お邪魔しようかとまで考えていたわ」


「それは、ありがとう、……ございます」


少女のように目をキラキラさせている金池さんに嘘偽りはないだろう。

それに、そこまで栄一郎――祖父の作品を気に入ってくださっているのは嬉しい。

しかしながら三橋さんの不意打ちは許せない。


「今日のそのお召し物も、栄一郎様の手によるものなのかしら?」


隅々まで容赦なく観察された。

普通なら嫌なところだが、祖父の作品を愛していて愛でたいのなら、やぶさかではない。


「はい。

祖父が成人の祝いに作ってくれたものです」


「やっぱり素敵だわー。

初釜のお着物も栄一郎様にお願いしたかったわ」


はぁーっ、と彼女の口から感嘆のため息が落ちる。

そこまで気に入ってくれているなんて……嬉しすぎて顔がにやけそう。


「もう一度、有坂染色様にお願いしてみます。

本日は別のもので我慢していただけませんか?」


「そうね、仕方ないわ」


あっさりと諦め、金池さんは三橋さんと着物選びに入った。

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