第7話

母の軽自動車で不動産屋へ向かう。

なんだかちまっと助手席に収まっている三橋さんが、可愛く見えてきた。


「今日はどのようなご用件で?」


にっこりと笑って椅子を勧めてくれた、担当男性はさすがだと思う。

どう見ても私たちは、怪しいふたりだと思うのに。

カフェでもちらちらと見られているのは知っていた。


「いま、東京に住んでいるんですが、これからはちょくちょくこちらへ来るので、拠点となる家を借りたいんですが」


「間取り等、ご条件は?」


「そうですね……」


ただ黙って、ふたりの会話を聞いていた。

だって借りるのは三橋さんの家であって、私には関係ない……はずがないのだ。


「鹿乃子さんはどっちがいいですか」


「はいっ」


新しい半襟の図案はお正月らしく、縁起物で……なんてあたまの中で描いていたところで、現実に戻される。

どっち、とは? と思いいつつ、三橋さんが指さす先を見た。

それは二軒の間取り図だったが、……なんかおかしくないですか?

だって、LDKだとおぼしき場所が、半端なく広い。

部屋数も五つくらいある。


「えっと?」


「ここだと東京と同じ予算で、広い部屋が借りられますね」


なんて三橋さんは笑っているが、そういう問題じゃないと思う。


「年末までの仮拠点なんですよね?」


「ゆくゆくはこのまま、新居になりますが?」


さも当たり前、のように三橋さんが言う。

えーっと、えーっと、えーっと……。


「もう少し、狭くていいんじゃないですか……?」


かろうじて出たのがそれだった。

もう考えたくない、なにもかも。


「……そうですね、広い部屋は私がいないとき淋しいかもしれません。

そういうことなので、もう少し狭めの部屋をお願いします」


「かしこまりました」


そーゆー問題じゃないんですが?

とは思ったが、口には出さなかった。

いや、そういう問題でもあるんだけれど。


そのうちいくつか候補が決まったのか、下見に行きましょうと急かされる。

不動産屋を出て現地へ向かう車の中で、三橋さんは嬉しくてたまらないのかずっと笑顔だ。


「マンションじゃなかったんですか……?」


そういう部屋を見ていたはずだ、確かに。

しかし連れてこられたのはレストランと見まごう、一軒家だった。


「マンションもいいかと思ったんですが、子供が生まれたときを考えると一軒家の方がよくないですか」


担当さんに促されて中に入る。

子育てを考えるなら一軒家の方がご近所迷惑をあまり考えなくていいが、これは仮拠点ですよね?


「こちらのオーナーさんは賃貸も売却も両方考えていらっしゃるから、とても都合がいいんですよ」


うん、と担当男性が頷く。

中古住宅のわりにはリフォームしてあるのか綺麗で、築年数を感じさせない。

和モダンな室内は素敵で、こんなところに住めたらいいな、なんて不覚にも考えてしまった。


「庭に池があるんですが……子供がいると危ないですね」


縁側から庭に出た三橋さんが手招きする。

そこにはいまは水を張っていないが、お洒落なホテルにありそうなコンクリートブロックの池があった。

しかも、ガラスの橋まで架かっている。

が、それはいい。

彼の中ではすでに、子供まで想定済みなんだろうか。


「まあ、そのときは埋めるなり蓋をするなりすればいいですか」


どんどん彼は未来予想図を描いていっているが、私はちっとも共有できない。

そもそもにおいて彼と結婚する未来だって私の中には選択肢としてすら、ないのだ。


「キッチンも広くていいですね。

あ、私ももちろん、料理をしますよ?

こう見えて、けっこう上手いんです。

今度、披露しますね」


「……楽しみにしています」


自慢げな彼へ、曖昧な笑みで返す。

料理をしてくれるのはポイント加算対象だが、どれくらいかが問題だ。

従姉のお姉ちゃんは、旦那が料理してくれるのはいいが片付けはしないから結局なんにもならない、男の料理するは信用してはダメだ、と正月会ったときに言っていた。


一通り見て回り、またリビングへと戻ってくる。

家は素敵だが、語られ続ける彼の未来予想図は私には重かった。


「私は気に入ったんですが、鹿乃子さんはあまり気に入っていないようなので……」


そんな気持ちが顔に出ていたのか、三橋さんは残念がっている。

申し訳ないがどんな部屋、家を見せられたところで、私が満足するとかありえない。

何度も言うがまだ、私の中では彼との結婚は選択肢にすらなっていない。


「あの、とりあえずの拠点ですよね?」


「ゆくゆくは新居ですが」


ええ、そこはどうしても譲らないんですね。

もーいいです。


「結婚が確定したあと、新居は別の家に、なんてことも可能ですか」


「それは鹿乃子さんの希望が第一ですから。

やっぱりここは嫌だとなれば、新しい家を探します」


それを聞いて安心した。

私のせいで無駄金を払わせずに済みそうだ。

いや、とりあえずの拠点を借りるのだって無駄金には違いないけれど。


「なら、とりあえずここを借りませんか?

しばらく利用してみて、やはり気に入らなかったら新居は新しい家を探せばいいですし」


「それはいい考えです!」


私の両手を掴み、三橋さんはキラキラした目でうん、うん、と頷いている。


「けれど一軒目で決めてしまったら、あとで後悔するかもしれませんからね。

ここは仮押さえにしておいてまた次回、来たときに他の候補を見学しましょう」


「次回……?」


「はい、次は五日後に来ます」


……そーかー、来るのかー、五日後に。


なんて私が遠い目をしたのはいうまでもない。

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