魔王少女の初恋~告白したけどムリって言われた~

よしけん

第1話 ボーイミーツガール

 富や権力の集中する華やかな王都には、まるでそこだけタイムスリップしてしまったかのような広大な森林地帯が存在する。


「だいぶ遅くなっちゃったなぁ……」


 見上げると、無数の白樺の若葉が空から降りそそぐ日差しを遮っていた。少年は両手いっぱいの荷物を抱えながら、その木漏れ日の差す萌黄色の森を進む。


 少年の名はコメット。あめ色のチュニックに薄汚れた白いアラビアンパンツという出で立ちの、ひょろりとした14歳。童顔にショートボブということもあって、女の子に間違われてしまうことも珍しくない。


 彼の首には小指ほどの太さの鉄製の首輪がまかれている。慣れればさほど邪魔にはならないが、首輪には魔石が埋め込まれていて、主人の言いつけに逆らうと首が絞まる仕組みになっている。いわゆる隷属の首輪だ。


「すずしい」


 さわさわと枝葉を揺らしながら清爽な風が通り過ぎていった。ここでひと休みできれば、どれほど気持ちのよいことだろう。

 コメットは首筋から滴り落ちる汗を感じながら森の中を歩きつづける。


 カラコロと涼しげな音色を奏でるせせらぎ。その小川に架かる小さな丸太橋を渡ると、白くかれんに咲き誇るカスミソウの花畑が忽然とあらわれる。それはまるで、緑きらめく初夏の高原に、うっすら新雪が降り積もったかのような季節外れでメルヘンチックな光景だ。


「きれいだな……」


 今度、クレアちゃんにも見せてあげよう。コメットはそんな思いを馳せながら、花畑のひだまりにちょこんと腰を落とした。

 されど、ここに長くとどまるわけにはいかない。とうに集合時間は過ぎてしまっているのだから。

 コメットは少しだけ休憩したあと、ふたたび立ち上がった。


 目指すは花畑の先に建つ魔王城──幾重にも重なる青銅の屋根に、天高く伸びる円柱状の塔を持つロマネスク様式の石造建築。

 玄関前の噴水池は、七色の虹をまといながら水しぶきをあげていた。


 そこから主城門までは石畳がまっすぐ延びている。今日はその石畳の道に真っ赤なじゅうたんが敷かれていた。

 その両脇を執事、メイド、コック、ハウスキーパーなど、総勢二百名ほどの使用人たちが固めている。


「うわっ、もうみんな集まってるよ!」


 コメットは足早に城の裏口にまわりこみ、市場で買ってきた食材を食物庫へしまった。それから城の正面へと駈けて、使用人たちの列にしれっと加わった。


「おそいぞ、コメット!」


 燕尾服姿の侍従長がいぶかしげにらんでいる。やっぱり見つかってしまったようだ。


「ごめんなさい、市場がとっても混んでいたもので」

「言いわけはいらん。罰として今夜は夕食抜きだ」

「え────」


 コメットが侍従長の叱責に肩を落とすなか、まわりのメイドたちの雑談が耳に入ってくる。


「新しい魔王さまって15歳らしいわよ。まだ、魔法を使うことすらできないみたい」

「魔法を使えない魔王ってあり? この国は本当に大丈夫なのかしら」

「くわえて新魔王さまは、生意気でわがままで横暴な性格をしているらしいわ」

「わたくしは、冷徹で強引でボッチで慈悲のかけらもないって聞いたわよ」

「お互いに解雇されないよう、気をつけないといけないわね」


 なんだかひどい言われようだな。コメットはそんな感想を抱きながら、かたわらに立つエプロンドレス姿の少女に話しかけていた。


「ねぇ、クレアちゃん。お願いがあるんだけど……」

「なによ」

「ぼく、集合時間に遅れちゃったから夕ごはん抜きになっちゃったんだ」

「ふ~ん。それで?」

「夕ごはん、ちょこっとだけ分けてくれない?」

「いやよ、何でわたしが。遅刻したコメットが悪いんでしょ」


 そう突き放した少女の名はクレア。短い髪をツインテールでまとめていて「美人」というより「可憐」と表現した方がしっくりくる15歳、コメットよりひとつ年上だ。

 女の子なので一応、メイドという職を与えられているが身分は下級平民である。城内での扱いは奴隷のコメットに次いで低い。


「お願い! これあげるからさぁ」


 コメットは手に持っていた紙袋をクレアに差し出した。


「……なにこれ」

「おみやげ」


 クレアがおずおずとその紙袋の中をのぞきこむと──、


「どうしたの? これ」

「途中でつくった」


 中には白く可憐なカスミソウの小さなブーケが入っている。


「ひょっとしてコメットは、これを作っていて遅れちゃったの?」

「うん。クレアちゃんが喜ぶかなと思って。でも、侍従長には秘密だよ。知られたら、今度は朝ごはんまで抜きになっちゃうからさ」

「バカじゃないの?」

「クレアちゃん? なんか顔が赤いけど具合でも悪い?」


 コメットがうかがうようにしてクレアの顔をのぞき込むと──、


「ち、近いって!」


 クレアは顔を背けてしまった。


 ◇ ◇ ◇


 少女はもうかれこれ半日以上も馬車に揺られていた。


「さすがにお尻が痛くなってくるわね」

「もう少々ご辛抱ください。魔王城まではあと少しです」


 向かい側に座るエプロンドレス姿の待女──クロカワがそう応じると、少女は車窓にかかる赤い飾り幕を少しだけ開いた。


「外はだいぶにぎやかになってきたわね」


 先ほどまでつづいていた荒涼たる景色が、いつの間にか華やかな街並みへと変化していた。

 色とりどりの果物が並ぶ八百屋に、異国の人形が飾られた雑貨店。なんとも懐かしい景色が広がっている。

 幼少期に父親とお忍びで買い物に来た記憶が少女の胸をしめつける。


「もうここは王都の街中まちなかですから」


 そう答えるクロカワも、どこか懐かしそうに外を眺めていた。今日はふたりにとって六年ぶりの帰郷だ。


「ねぇ、クロカワ。たしか、あの辺りが魔王城だったかしら」


 にぎやかな目抜き通りの遥か先には、まるで別世界がぽつりと存在するかのような大きな森が見える。


「そうです。あの森すべてがフォルデウス家の御用地になっていて、その中心にそびえ立つのが魔王城です。おぼえていらっしゃいますか?」

「おぼろげだけどね」


 少女はそう答えたあとも、窓の外を眺め続けた。


「姫さま。まもなく到着しますので、少しお化粧を整え直しましょう」 


 対面に座っていたクロカワが、少女のとなりに移動してきた。


「姫ではない。いつまでも子供扱いしないで」

「これは、とんだご無礼をお許しくださいませ、魔王さま」


 魔王と呼ばれた少女の名は──アスラ・フォルデウス。魔王であった父親が亡くなったため、急きょ留学先から世継ぎとして呼び寄せられたのだ。


「アスラでいいわ。今後はわたしのことをそう呼びなさい」

「よろしいのですか?」


 アスラは亡き父親以外、名前で呼ぶことを許していない。家臣たちにも「姫殿下」と呼ばせていたし、クロカワも「姫さま」と呼んでいた。

 とは言っても、自分の名前が気にくわないわけではない。大人たちからなれなれしく名前で呼ばれることに、なぜか抵抗を感じていただけだ。


「ええ、かまわないわ。でも、勘違いしないでほしいのだけど、あなたを信頼しているわけではないのよ。クロカワに『魔王さま』と呼ばれると、なんだか背中がむず痒くなってくるから仕方なく名前呼びを許可しただけ」 

「そうでしたか。でも奇遇ですね。わたしもアスラさまを『魔王さま』とお呼びすると体中にブツブツができて困っていたところです。ですので、名前呼びをお許しいただき本当に感謝しております」


 大人はみんな、へつら笑いをうかべてアスラへ近づいてくる。ところが、クロカワはちがった。何の臆面もなく接してくるのだ。それどころか、ふてぶてしい笑みをうかべながら「わたしも負けていられない」と言わんばかりにアスラの毒舌に対抗してくる有り様だ。なんとも肝が据わっているというか、はたまた頭がイッチャッテルだけなのか。

 いずれにしても、アスラはそんなクロカワをずっとそばに置きつづけている。


「クロカワは、わたしをもてあそんで楽しいの?」

「はい。アスラさまはとってもかわいらしいですから」


 アスラの問いかけにクロカワが満面の笑顔で応じた。

 ちなみに、アスラの母親は彼女を産んですぐ他界してしまった。ゆえに、いま同行しているクロカワが、彼女をここまで育てあげてきている。


「ねぇ、クロカワ」

「なんでしょう」

「新魔王として、最初に成すべき事案を思いついたわ」

「おお! さすがアスラさまです。差し支えなければ、その最優先事案というのをお教えいただきたいのですが」


 クロカワが期待に満ちたまなざしで、アスラをじっと見据えている。


「それはあなたをクビにすることよ」


 ふたりを乗せた煌びやかな馬車は、近衛騎士たちに守られながら、曲がりくねった石畳の街道を、ゆるりゆるりと走り抜けていった。


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