第2話 街へ

 城を出て東に少し歩くと、街、それから農村がいくらかあり、そして大森林を挟んだ奥にリシュベルト王国がある。


 聞くだけではリシュベルト王国に行くのは簡単そうだが、大森林は縦にも横にも深く、深部になってくると魔獣が出てくるらしい。




 その大森林があるため、バテレーヌ王国は『魔獣に守られている国』と揶揄されるのだ。北には唯一切り開かれた道があり、貿易商が年中顔を出している。




 追放されたからにはさっさと出て行くのが賢明だろうが、王都から国境までは馬車で短くとも一週間はかかる。その為歩いて行くには相当な時間と労力が必要になってくる。


 ……本当なら休み休みいく必要があるのでしょうけれど。




「転移テレポートする先はどこにしましょうか? お嬢様」


「そうね……最短で行きたいし、3ブロック離れた街のはずれにお願い」


「分かりました」




 人目のないところまで歩き、提案してきたララにそう返す。


 すると私とララの足元に淡く発光する魔法陣が浮かび上がり、光に包まれ、パッと私たちの姿が消えた。


 一瞬の眩さに目を閉じ、そして目を開くと、私の指定した場所が広がっていた。




 王都と比べ活気はそれほどでもないけれど、それでも繁盛しているようですね。今は夜だからか、そこかしこからいい匂いが……あっ。




「そうだった、今日は建国記念日でしたっけ」


「はい。楽しまれますか?」


「そうね。でもこの格好じゃ流石にまずいから、どこかで着替えましょう」




 私は収納魔法の中から簡素なマントを取り出し、ララに着させ、自分も羽織る。




「まだ宿は空いているでしょうから、先にとっておきましょうか」


「そうですね」




 私はとりあえず安くて質の良さそうな宿を探してまわる。特別な日であってか、王都よりも活気があるのかもしれない。王都は比較的富裕層が住んでいて、こういうおちゃらけた感じは、彼らには想像つかないから。




「こんばんは。一部屋空いてますか? 二人です」


「あぁ、空いてるよ。何日使うんだい?」


「えっと、今日合わせて二日間だけ……です」


「そうかい。銀貨二枚だよ。荷物置いたらお祭り楽しんできな」




 人当たりの良さそうなおばあちゃんににこにこと見送られ、私とララは指定された部屋に向かう。




「ふぃー……今日はなんだか疲れたわ」


「ごたごたしていましたからね。わたくしはお嬢様が元気でいて下さったらそれでよろしいのですが」


「まーたララはそんなこと言っちゃって……」




 私は着替えを二人分用意し、ララと一緒にお風呂場に向かう。


 温かいお湯に包まれ、身も心も綺麗にし、どす黒い感情を流し捨てる。




 持ってきた中で比較的マシなワンピースドレスを選ぶ。




「さ、行くわよ。台無しにされた分を取り返さなくちゃね」


「分かりました」




 鍵をかけておばあちゃんに一言かけてから宿を出る。祝日であるから、夜でもところどころから喧騒が聞こえてくる。


 王都の落ち着いた雰囲気よりも、私はこっちの明るい方が性に合いますね……。長年建物の中に押し込められていた反動でしょうか?




「ララ、ララ、私あれ食べてみたい」


「串刺し肉ですね。お嬢様は初めて食べるのでしたっけ」


「私に囚われず殆どの令嬢たちは食べたことないわよ……ん」




 ララに手渡された串刺し肉を一口口に入れ、その濃厚なタレとよく焼き込まれた肉の感触に思わず目を剥いた。


 何これ美味しいじゃない!




「ララ!」


「はいお嬢様」


「どうして王宮で出してくれなかったの!」


「貴族令嬢にこんなものは出せないでしょう。教育上によろしくありません」


「む……確かに」




 パクパクと食べ進め、ペロリと平らげると、違うお店に目が行った。


 どれも私が食べたことのなかった物・今後食べられることはないであろう宝石の数々。




「ここは天国かしら?」


「楽しみましょうね」




 この後は目一杯食べて飲んで、正直王宮の建国記念パーティよりも心の底から楽しめましたね……。






  ♢♢♢






 夜も更けてきた頃、忍び寄る二つの影があった。


 足音一つ立てずに二人はとある部屋に忍び込む。


 ベッドの上で気持ちの良さそうに寝息を立てて入る少女に近づき、ニヤリと笑い合うと、懐から短刀を取り出す。


 振りかぶり、首筋に振り下ろそうとし――。




 ぱっと、姿が消えた。




「…………!?」


「あら、よく見ればどこぞのクズではありませんか」




 突然のことに混乱している二人の前にふっと影を落としたのは、一人の女性。その姿をよく見て、男たちは薄ら笑いを浮かべた。




「……あぁ、偽聖女について行ったララじゃねぇか。こんなところで何してんだ?」


「俺たち仕事で忙しいから邪魔しねぇでくれるか? お前がここにいたってことは言わねぇからよ」




 よく見れば二人はボロ切れのマントの下に青と白を基調とした騎士服を着ている。フロウレンス公爵家直属の騎士団の二人だ。


 公爵家当主に命令されてここまで追ってきたのだろう。




「よくぞここまで二人で追ってきましたね。感心しました」


「ハッ。よく回る口だなぁララさんよぉ」


「どこまで保っていられるでしょうかね? その余裕は。夜はわたくしの領分ですけれど」




 月明かりのみが照らす闇に包まれた空間の中で、ララの瞳だけが妖しく煌めいた。


 ララの一族は他の一族よりも夜目がきく。そのため幼い頃から夜間での暗躍を主に活動してきた。




「……はっ、いいのか? お前の主人が今頃危険に晒されていると思わないのか?」


「……お嬢様が? ……そちらこそ忠誠を誓った主君に手を挙げるのですか? それは騎士道として理解し難い道理を逸れた道だと学ばなかったのです? あの外道に」


「……ッ、貴っ様ぁ! 良かれと思って口を割らないでいてやればよくもベラベラと。無駄死にしたいのか!?」


「そちらこそ、わたくしに襲いかかってきて、犬死にしたいのです?」




 狼狽えた騎士の一人が噛み付くのを、ララは軽くあしらう。


 怒り心頭に発っした方を見やり、もう一人がへらりと笑う。




「言っておくが俺らの二人じゃねぇぜ」


「知ってますよ」




 ララの夜目は動くものを逃さない。


 だから周囲の闇に溶け込む他の人間を捉えている。




「あなたたちの他にあと七人。…………で?」




 パッと消す。


 二人が驚愕に見開いた。




「お前広範囲魔法も使えるのか!」


「わたくしを誰かさんと一緒にしないで貰えます?」




 ララはピクリと口元を痙攣させる。


 それから息をつき。




「申し訳ありませんが、今は血を見る気分じゃありません。丁重に追い返して差し上げます。主人にこう伝えてください」




 侮蔑に満ちた淡い銀の目を細める。




「『……切り出したのはあんたの方なんだから、いい加減諦めろ、このクズ親父』と。あ、もちろんわたくしが言ったと言ってください。では」




 男たちが何か言う前にパッと消し、ララは世界でたった一人の大切な主の元に帰る。




「……お嬢様。起きていらしたんですね」


「お疲れ様ララ。こういうのはエリント家あなたたちの得意分野だから見守っていたわ」


「助太刀してくれても良かったんですよ? わたくしがどれだけ苦戦したか……」


「はいはい、もうそういうのいいから」




 投げやりげに言うと、どこよりも澄んだ海色の瞳をまだ仄暗い夜空に向ける。




「でも……命を賭けてまで私のために頑張ってくれて、ありがたいとは思ってる」


「…………!」




 向こうに向けた顔から表情は見えないが、ララはそれでも言葉一つ一つを噛み締めるようにして瞼を上下させた。




 ……全く、わたくしのご主人様は素直じゃないんだから。






  ♢♢♢






 夜も明け、私たちは宿を後にする。


 まだ今夜もあるとのことですが、昨夜の件もあり、また予定を変える訳にはいかないので、さっさと出て行くのが賢明でしょう。




「ありがとうございました、おばあさん」


「ああ。それよりもう出ていくんかい? ゆっくりしていけばいいのに」


「すみません、ですが最初からこのつもりでしたので。ベッド最高でした。では」




 おばあちゃんに鍵を返し、私は街に出る。




「あっ、リリィだ。もう行っちゃうの?」


「いえ、寄りたい場所に寄ってから出ていくわ」


「ふーん。じゃあね!」


「ええ」




 私はお祭りで出会った人たちに声をかけられ、そう返した。


 ララがコクリと首を傾げる。




「寄りたい場所、ですか?」


「そうよ。私の、最後の仕事をするの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る