偽聖女と言ったのはあなた達ですもの、追放聖女は自由に生きさせて頂きます

ニッコウキスゲ

第1話 婚約破棄、そして追放聖女

「アデリア・フロウレンス! 其方は『偽聖女』として我がバテリーヌ王国を欺いた。その罪は重い。よって其方との婚約を破棄し、真の聖女であるルリア・リニスと結婚することをここに宣言する!」


「…………は?」




 私は目を剥いた。


 ここは今建国記念日を祝う場であり、例え嘘だとしても婚約破棄などとのたまう場所ではない。


 故に、私はこの国で四つしかない公爵家に生を受けた令嬢として、また第一王子ゴーン殿下の婚約者、ひいては将来の国母として、淑女のそれで殿下の戯・れ・に応じた。




「僭越ながら殿下、本日は我が国の誉な日。そのようなお戯れは些か勝手が過ぎますかと」


「戯れなどではない、これは本気で言っているのだ。既に両家の了承は得た。後は其方が了承するのみ」




 私が知らない間にそんなことを決めていたのか。私は頭がくらっとするのを堪えた。


 私の父、つまり現フロウレンス公爵は冷酷無人と揶揄される北部の番人だ。政略結婚で結ばれた母親には愛しているはおろか、笑いかけた事すらないだろう。


 そんな父の血を引き継ぐ私もまた、殿下に対する恋愛感情など微塵もない。




 私がはぁっと息をつくと、それが面白くなかったのか、殿下の頭に血が昇っていく。




「おい、其方。どこを見ているのだ? 我をなんと心得る!」




 いやクズ王子ですけど。


 ゴーン殿下は超がつくほどのクズだ。ゴミだ。権力と金、それから女に溺れた堕落した人生を送っている。国のことなんか碌に考えていないし、王子として在るべき行動をしていない、親の七光が取り柄だけのただのクズだ。




 だけど私は公爵令嬢。軽率な言葉は自分を滅ぼすだけ。落ち着け、抑えろ。




「第一王子ゴーン・ルゥ・バテリーヌ殿下ですわ」


「…………ならば良い。ルリア、こちらに来るんだ」


「はい」




 殿下は私の後方に声をかけた。なんだなんだと見物しざわついている貴族達が道を開け、一人の少女が殿下に歩み寄る。




 紫の髪に緑の瞳を持った少女――ルリア・ニリスだ。ルリアは私の横を通る時、一瞬、ほんの一瞬だけ、私を見た。そしてふっと笑う。その横顔は私に対する侮蔑と優越感に彩られている。




 聞けばルリアは私の腹違いの妹、つまりは異母妹に当たるらしい。なるほど、殿下の気を引けない私に父親は絶望したらしい。そして体的に使えるいい駒ルリアを使ったと。




 ……なんだかムカムカする話ね。




 私は毅然とゴ……じゃなかった、クズ殿下に話しかける。




「お言葉ですが殿下、今回の婚約破棄についてどういうお考えをお持ちで?」


「ふん、初代国王が定めた戒律を知らないのか?」




 クズ殿下は嘲るように言った。


 いや分かりますけど。




 僭越ながら、この国に古くから伝わる伝承及び戒律をご説明させて頂きます。




 我がバテリーヌ王国は、荒れた土地でした。魔物が闊歩し、人々は逃げ惑いました。そのため土地を管理する者が少なくなり、土地は痩せていきました。


 文字通り黒い土地となった我が国に、ある日一人の『聖女』が足を踏み入れました。


 彼女は聖女しか行使できない神聖魔法、それも強大なものを使い、魔物を一掃し、土地を肥沃にしました。




 それを見た当時の生き残りの中でも最も尊き血筋の男は聖女と結婚し、幸せに末永くバテリーヌ王国の幸せを守っていったのです。


 そして、初代国王はこんなお布施を出されました。


『国を治める者は、代々聖女と結婚しなければならぬ』


 最初の方は自分の娘や息子に結婚させて行きましたが、王国の発展とともに聖女の血はだんだんと貴族間で広まり薄くなり、今では誰に溶け込んでいるのかわからないほどです。


 そのため当時の国王は『聖女選別法』とやらを出されました。十歳になると、貴族の女子はこれを受けなければいけません。ふるいにかけられ、残った子供は聖女候補として神殿で暮らすのです。


 ですが私は十歳になる前から聖女としての頭角を現していたため、王族と婚約してから王妃・聖女教育を受けるというイレギュラーな生活を送ってきました。




「ええ、存じています」


「そうか。言ったであろう? 其方は『偽聖女』であると。初代国王は『本物の聖女』と結婚しろと仰った。それ故其方との婚約を破棄させてもらう」




 二度も言わなくても良いのに。


 ルリアが甘ったるい声で殿下にぴとっと体を密着させた。むにっと豊満な胸が殿下の体にくっつき、




「殿下ぁ、そんな悲しい事仰らないで? アデリアお姉さまが偽聖女ってことはルリアもちょぉっと悲しかったけど、でもお姉さまは優しくて優秀な人なんですよ?」




 ニコッと私を見た。意地悪いわね。私もニコリと微笑み返す。




「――アデリア!」


「お、お父様?」




 低く大きな声がホールを満たした。私達が見るとそこには私と同じ銀髪碧眼の現フロウレンス公爵、つまりは私の父親が立っていた。


 お父様はツカツカと私のところに歩み寄ると、バチン! と私の頬を張った。




 ――え?




 私は思わず目を見開く。張られた頬がカァッと熱を帯びた。




「お父様――」


「アデリア。貴様はどれだけ俺を侮辱すれば気が済むんだ? まさか俺を騙していたのか」


「あの、お父様」


「偽聖女とはなんだ。ふざけるのも大概にしろ!」




 ヒュッと、私は息を呑んだ。


 私の中では手を挙げられたことへの衝撃と、初めて見る父親の表情で満ちていた。


 どうして私を庇ってくださらない――いいえ、お父様は昔からこう。そう、昔から私の味方なんかいなかった。昔から変わっていないだけ。そうよ、何も悲しむことなんてないじゃない。




「もういい。貴様はこれからフロウレンスの名を語ることを一切禁止する。たった今から貴様はただのアデリアである。いいな」




 突然無情に突きつけられた勘当宣言。




「……は、い。分かりました」




 私は心に広がるどす黒い感情を押しやった。


 クズ殿下がヘッとせせら笑う。




「そうそう、父上から通達だ」


「お義父様から……?」




 クズ殿下の父上、つまり国王陛下からですね。何でしょうか? まぁ、この場で通達ということは良いことではなさそうですが。




「『偽聖女は国家を揺るがす反逆罪を犯した。よって国籍を剥奪し、追放とする。これ以降は我がバテリーヌ王国への一切の立ち入りを禁止する』、だそうだ。さっさと荷物を纏めて出て行け」




 私はグッと手を握った。


 私を追放するという王族。私を「家族ではない」と勘当したお父様。小声でひそひそと言うだけの貴族達。


 …………この国は、どこまでも。




 私は息を出してから、吃と顔をあげた。




「……分かりました。王令とあれば致し方ありませんね」




 私は苦笑し、




「では、結婚を心よりお慶び申し上げますとともに、」




 私は会場内にいる貴族達にニコリと笑いかけた。




「どうか貴国に栄光と繁栄があらんことを」






  ◇◇◇






 私は会場を出て私の執務室に行くと、お母様の忘れ形見の革製のバッグに、大切なものだけ入れていく。お母様の生前記していた日記に、魔導書、魔石の入ったペンダント、愛読する本、着替え、布団、その他諸々。そして盗まれ防止のためそれらを収納魔法に仕舞う。ささっと動きやすい服装に着替え、私の持っていた金になりそうなドレスは全て収納魔法で収納する。


 ルリアに引き継いだ方が良かったかもしれないけれど、そんなの知ったことじゃないわ。




「……さようなら」




 私はぺこりとカーテシーをし、私が使っていた部屋を辞した。もう正しく使われることはないでしょう。




 ケープを羽織り、廊下を歩いていると、「お嬢様」という声が聞こえた。この声は……




「ララ」


「お嬢様、わたくしはついて行きます」


「駄目よララ。貴女を危険な目に遭わせたくはない」




 私は目の前にいるメイド服を着たララを諭す。ララは私の筆頭侍女であり、唯一の専属侍女でもあった。幼い頃から世話になっていて、主従というよりは姉妹という方がしっくりくるでしょう。




 ララはなおも私をまっすぐに見つめる。淡い銀の瞳に揺蕩う光は何かを決意しているように見えた。それに私はふぅと吐く。




「仕方ないわね。その代わり何があっても逃げ出さないことよ」


「存じております。ですがわたくしはあなた様のためなら命さえ惜しくない」


「……そう」




 真正面から言われて、むず痒いような嬉しいような。とりあえず口がむずむずする。




「…………では、行きましょうか」


「ええ」




 私たちは国境まで送って行くという馬車を丁重にお断りし、歩いて東――リシュベルト王国に向かいます。




 追放されたので、私は私が頑張ってきたことはぜーんぶやめた。偽聖女と相なった私にやる事なんて何一つないのですから。




 私は聖女ではないけれど、一人の少女でもあります。


 これからは晴れて自由の身。何をしてもいいでしょう。だから、私はまずはリシュベルト王国で新しく生活することしましょう。




 さようなら、かつての仲間達。


 こんにちは、新たな世界。


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