第九話 崩落

第30話

アーサーがやってきてから一週間が経過した。


 最初はどうなることやらと思っていたものの、意外なほどに生活はうまくいっている。


 ご近所さんからはまあそりゃ変な目で見られはしたが……アーサーは随分と人に取り入るのが上手いらしく。気が付けばマダムたちのアイドルへと昇り詰めていた。


 アーサーちゃんったら本当にいい子ねえうちの息子も見習ってほしいわあなんて言われた時は流石に引き攣った顔をするほかなかった。


 アルの方もいつも通りだ。家では相変わらず映画やらドラマやらを見て、外を出歩き、私に懐く。それでも以前よりアルは家を出ることが多くなった。


 聞けば、最近ますます健太君と仲良くしているらしい。


 夕飯を食べながらその日にあったことを報告してくるアルの話題は、ここのところ健太君のことで持ち切りだ。


「それでね、ケンタがレアカード見せてやるから家に来いって。ついでにデッキ貸してやるから対戦しようぜって言われた」


「へええ、そうなの。健太君カードゲームも好きなんだ。楽しそうでよかったよ」


 私の言葉に、アルが箸を使う手を止めてこちらをじっと見る。箸を伸ばしてハンバーグを摘まんでいる途中で、アルが私に問いかけた。


「……ユキ。僕がケンタと仲良くしてると、やっぱり嬉しいの?」


 こてんと小首をかしげて、まっすぐにこちらを見つめるアル。やっぱりという言葉を不思議に思いはしたが、とりあえず私はありのままの気持ちを答えた。


「そりゃもちろん。アルが周りの人と仲良くしてくれるなら、私はとっても嬉しいよ!」


 それだけアルが人間世界に馴染んできていると言うことだろう。菅原さんに頼まれた通りだ。人間としての常識や慣習に馴染むよう教えてあげてくださいと、そう言われているのだから。人間のコミュニティに溶け込んでいくのが嬉しくないはずがない。


 それに。私の個人的な感情としても嬉しかった。アルのこと。私だけしか知らなかったそこに、健太君という他者が生まれた。


 他者との関りは人間の基本だ。感情を知って、刺激を受けて、そうやってアルの世界が広がっていく。自分だけでは考えつかなかった驚きと喜びをその身に受ける、出会いというのは素晴らしいことだと思う。


 アルの身を任された一個人として、彼の成長が純粋に嬉しい。素敵なものをどんどん知って世界を広げていってほしいと切に願う。私は心から、アルと健太君の関りが深まるのが嬉しかった。


 私の返答を聞いて、アルはこれでもかと顔を輝かせた。


「うん!これからもケンタと仲良くする!」


 アルの箸がまた再開する。自分の皿からひじきの煮物を摘まんで口へ。箸を使うのも随分とうまくなった。食事のマナーも何もかも、私の教えたことをきちんと守ろうとしてくれているのが健気で可愛い。私も思わず笑顔になった


「ラブラブだね、パパ、ママ♡」


 こいつがいなけりゃいい話で終わってたんだが。

 食卓テーブルを挟んで対面に座る私とアル……そしてテーブルの側面側に座るのは、まあ言うまでもなくアーサーだ。


 相変わらず天使のような笑顔を称えたまま、思いもしてないだろうぺらぺらの言葉を量産している。


「ママがパパの成長を喜び、パパはそれを受けて更に自分を高めようと努力する……!うんうん、これぞ夫婦の正しい形、理想の愛!自分好みにパパを調教するリアル至高の育成シミュレーションゲームみたいでゾクゾクするよね」


「こいつの具材にしてやろうかしら」


「こんな上品なミンチにしてやる初めて聞いた~」


 うるさい。私は箸でつまんだハンバーグを口に放り込んだ。

 それでもアーサーのあしらい方も随分とうまくなったものだと思う。


 アルを受け入れたことと言い、アーサーの扱い方といい。なんだかんだ私の順応性は大したものだな、と自画自賛する気分だった。

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