第八話 突撃我が家の魔王ごはん

第27話

差し込む日差し。うららかな太陽。爽やかな朝の気配。

 ほんのりと部屋を温めていく陽光に促されて、自然と覚醒していくのはやはり心地よい。


 季節はそろそろ初夏になろうかという頃。春の穏やかな暖かさと夏のはじけるような暑さの兆し…それらが交じり合う快い折。


 このぐらいの時期が一番生きるのが楽だよな、なんて思いながら、私はゆっくりと瞼を開けた。


「おはよう、ママ♡」


 そこには金髪碧眼白皙の肌のフルセット美少年の姿が。


「ぎゃーっ!?」


 可愛くない悲鳴をあげて、寝転がったままエビのように後ろに飛びのく。


 が、勢いをつけすぎてベッドからずり落ちた。


 まずい。このままだと床に激突して大変痛い目を見る…。


「ユキ!」


 その途中で何か力強いものに抱え上げられた。


 二本の腕がしっかりと私の体を抱き込んで、そのまま力強く持ち上げる。恐る恐る目を開けば見えるのは我が家の天井…ではなく。


 アルの心配そうな顔。


 相変わらず美しい。ルビーのような瞳が朝ぼらけの中、華麗にきらめく。

 私をお姫様抱っこの姿勢で抱えたまま、アルがずいと顔を寄せた。


「ユキ、ユキ!大丈夫!?ケガしてない!?」


「ちょっ、ちか、ちかい!大丈夫!平気!元気!」


 あまりの近さに流石に顔が赤くなってしまった。ドキドキする胸を抑えつけながら、ぐいぐいとアルの顔を押しやる。


 私が元気なことが分かったせいか、手のひらの向こうのアルの顔が安堵して緩む。


「よかった……」


 まなじりを下げて、眉も下げて、きゅうと目を細めて。安堵と歓喜と慈愛…ありったけの愛しいを詰め込んだような表情に、また顔の赤みが増した。


 アルは息子(違うけど)、私はママ(不本意だけど)この感情はおかしい!

 すべては寝起きにこんな綺麗な顔を見たせいだ。そう。そして寝起きに悪いのはアルの顔だけではなく。


「おい」


 私に向けられていた優しく包容力に満ちた声音から一変、地の底よりもなお低くどす黒い声音に、私の体は凍り付いた。


 誰が誰に向けたものか。語るべくもない。アルが、アーサーに、言っているのだ。

 そう。未だ私のベッドの上で寝転がっているアーサーに。


「おはよ~、魔王!じゃなかった。パパ♡」


 ベッドに頬杖をついて、休日のお父さんスタイルで寝転がるアーサー。

 呑気にひらひら手を振って、朗らかに朝の挨拶をしてくる。


 でも。その挨拶の相手側は、全く朗らかではない。


「…」


 アルは無言だった。無言のまま頭からツノを出した。


 最近気づいたが、要するに魔王としての力を大々的に行使しようとするとどうしてもツノが出てきてしまうのだ。

 つまり今のアルは結構大掛かりな力を使おうとしているということで。


「ストーップ!アル待って!部屋壊さないで!」


「大丈夫。壊すのはこいつだけだから」


「それも駄目なんだってば!アル、いいから話を……」


「もう、パパってば。ママを取られて妬いちゃってるのはわかるけど流石にちょっとやりすぎだよぉ」


「やっぱり殺していいよこいつ」


「わあ曇りなき瞳」


 そしてアルの手から謎の光線が放たれた。

 アーサーの身体は即座に焼き消える…ことはなく、その直前にぴょんと一跳び、アーサーは部屋の天井にさかさまに突っ立っているではないか。


「まったくもう!れっきとした協力者の俺を殺そうとするなんて、ユキもなかなか危険人物だよね!」


 完全に人間業ではないが、最早驚くに値しない。

 重力を無視して壁や天井に立つ…なんてことはもう何度もアーサーが披露している得意技だ。

 ああまたやってるよこいつ、という感情があるだけである。


「あんたを排除するチャンスだと思ったらつい……」


「相変わらず俺に対してだけ殺意の沸点が低いな~」


 低いもんか。当然の怒りだ。朝から私の寿命を縮めてくれたこと、許してはおけない。そもそも一体何だったんだあれは。


「ほら、君たちの子どもらしい振る舞いをしなきゃなって思ったわけ。夜寝るのが怖くて母親のベッドに忍び込む息子……いかにも親子の振る舞いだと思わない?」


「あんたが怖がるものって何よ。貞子と伽耶子だってあんたの前じゃフレーメン現象みたいな顔して逃げ出すわよ」


「俺のこと嫌い過ぎない?」


 自分の言行を振り返ってください、としか言えない。

 私はひたすら死んだ目をしたままアーサーを見ていた。


 そうこうしているうちにアルは二発目の充填が終わったらしく、狙いをアーサーに定めていた。


「うわっちょっとユキ!俺本当に死んじゃうよ!魔王のこと止めてってば!洒落にならないって!」


「いっそいっぺん死んでもらった方が世のため人のためかな」


「目がマジだよ!」


 なんてやりとりもあったが、まあ実際消えられては困る。

 私はしぶしぶアルを止めた。


 アルもアルでものすごーく不満で、不満で、どうしてもだめなのか、という顔をしていたが。


「アル。やめて」


 私がもう一度そう言うと、すぐにその手元の光を収めた。

 頭の両脇から見えていたツノも掻き消えて、いつも通りのアルの姿に戻っていく。


「ありがとうアル。いい子だね」


「ほんと?僕いい子?撫でてくれる?」


「もちろん。すっごく偉い!お願い聞いてくれてありがとうね、アル」


 アルが私の前で膝をかがめて頭を差し出す。私はその頭を存分に撫でた。


 相変わらず絹糸のようにサラサラで極上の触り心地の髪の毛だ。

 朝日に照らされてキラキラと輝きさまはまるで宝石で作った糸のよう。


「なんかそういうプレイみたいだよねー」


 不届きの声が横から聞こえて、私の動きがぴたりと止まった。


 いつの間にかまたベッドの上に戻ったアーサーがまた頬杖をついて寝転がっている。

 私たちの視線が動いたのを確認すると、にんまり、ご満悦なのを隠そうともせずに笑った。


「みたいってかまさしくそうじゃない?赤ちゃんプレイとまではいかないから園児プレイ?傍から見たらそうとしか思えないよね。絵面が正直ヤバ……」


「アル。やっぱりこいつ干そう」


「待って待って待ってていうか干すの?普通に殺されるより怖いんだけど何されるの!?」

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