第26話

その後のアーサーへの聴取では、めぼしい情報は得られなかった。


 今まで彼が語った内容と同じ。アーサーは地球防衛軍の斥候として偵察に来た。地球防衛軍とやらは字面通り地球の存続を目指す機関である。ただしその詳細についてはアーサーの趣味に反するので教えない。


 アルの正体についても同様だ。なぜアーサーとアルが似たような光を宿しているのか、魔王とは何か、地球防衛軍とかいう名称のくせに魔王の討伐を目的としていないのは何故か。


 本質に繋がりそうな情報は、何一つ得られなかった。


 菅原さんはいつも通りだった。気落ちした様子も見せず、淡々と質問と受け答えを記録していく。


 あれから一度も激昂することもなく、いつも通りの表情のまま。大変参考になりましたと慇懃に告げて。そうしてアーサーの聴取は終わった。


 さて。聴取が終わったとなると。残る問題は一つ。


「じゃ、ユキおねーさん、俺を置いてくれるよね?」


 両の人差し指を立てて頬に当て、いかにもな可愛らしい仕草で小首をかしげる。

 ちらりとのぞく碧眼が可愛らしさの中にも怪しさを醸し出していて、どうしようもなく魅力的。


 コケティッシュでキッチュでキュート。今までのアーサーの内面を知らなければコロッと騙されていただろう。


 そう。内面を知らなければ、の話だ。


「いや、だから無理だってば」


「えー!言ったじゃん!魔王を説得出来たら一緒に住んでもいいって!」


「言ってない言ってない、一言も言ってない」


 ぶんぶん首を振る私と、そんな私を後ろから抱き込んでより拘束を強めるアル。


 私の位置からではアルの顔は見えないが……まあ、怒ってるんだろうなと言うのはわかった。なんか謎の音がバキバキ言ってるし。またツノ出ちゃったかな。


「ていうかほら、この通りアルも全くもって納得しておりませんし」


「ええ、駄目なの魔王?君と一緒に暮らしたいなーって……うわ危な」


 アーサーがぴょんと飛びのいた。そしてアーサーが立っていた地面に黒い焦げみたいなのができた。今度のアルは何をしたんだろう。目にも止まらぬ速さで炎を吐いたのか、はたまた。


 まあ少なくとも、一ミリも歓迎していないことは確かである。


「そもそもなんで私たちと一緒に住みたいの?話を訊く限り今この地球上でアーサーを捕まえられる存在はアルだけなんでしょう。どうしてわざわざ自分から危険の側に……」


「あ、ねえねえ魔王!じゃあこうしよう!」


 わざとなぐらい明るい声をあげて、話を逸らすアーサー。あからさますぎてやっぱり胡散臭い。


 ここまで露骨に話題を避けたと言うことは……アーサーが執拗に私とアルの近くに居たがるのは、それが『趣味』の核心だからなんだろう。


 結局尋問の過程でアーサーの『趣味』の正体とやらに迫れることはなく、その本質も内容も不明のままだが……とにもかくにも私たちに教える気は微塵もないらしい。


 私の疑惑の視線に気づいているだろうに、アーサーはそれらを一切合切無視してアルに話しかけた。


「……」


 アルは相変わらず答えない。不愉快気な気配が空気を通して伝わってくる。真正面から見ているアーサーにも当然わかっているだろう。


 しかしアーサーはそれら全てを無視すると、いやに明るい声音で告げた。


「僕を君たちのところへ迎え入れてくれるなら、君たちの子供としてふるまってあげます!」


「……」


 今度は私が沈黙する番だった。


 今こいつなんて言った?君たちの?子供として?君たちって誰だ。今アーサーが話しかけてるのはアルで、そのアルが一緒に住んでるのは私で……。


「僕とユキの……子ども?」


「待て待て待て待て待て待てェ!!!」


 勢いよく床を踏み鳴らす。アーサーの目がまあるく開いて私に向けられた。


「どうしたの母さん?更年期?」


「二重三重に喧嘩売ってくんのやめなさい!バーゲンセールかたたき売りでもしてるの!?」


「やだなあ、喧嘩なんて野蛮なもの売ったりしないよ。僕がそんな子じゃないってこと母さんが一番よくわかってるでしょ?」


「その気色悪いムーブをやめろー!誰が母さんだ!こんなでかい子供を産める年じゃないわよ!」


 これでも花の二十代前半、対してアーサーの見た目はどれだけ若く見積もっても小学校五、六年生と言ったところ。


 一体私は何歳の時に妊娠したんだ?年齢設定に無理がありすぎる。


 仮に。仮にだ。本当にアーサーが私とアルの子ども役として同居したとして……今のマンションのご近所さんたちはどう思うか?

 明らかに二十代と思しき女が年齢に見合わないほどの大きな少年を連れてきて、しかもその少年が私の子どもを自称していたら。


 まあ。きっと何か複雑な事情がおありなのね。むやみに詮索しちゃいけないわ。

 それにしてもあの若さで子育てなんてさぞかし大変な思いをしてきたでしょう。何か手助けできることはないかしら……。


 最悪だ。なまじご近所さんたちの人が良い分、要らぬ気を盛大に使われてしまう。

 困ったときはなんでも相談してねなんて声をかけられたらどうすればいいんだ。想像するだけでいたたまれなさに涙が出そうだ。


「ええ?認知してくれないの?まさか母さんの方の認知が必要なんて思わなかったなあ……」


「なーにが認知だ!中途半端に人界の知識を手に入れやがって!そもそも私だけじゃなくてアルもあんたのこと認めたりなんかしないわよ!」


「え?パパの認知はとっくのとうに貰ってるよ?ねー、パパ?」


「は?」


 パパの認知はとっくのとうに貰ってる?


 目の前にはとびきりの愛くるしい笑顔のアーサー。

 キラキラの笑顔を振りまいて、自信満々に私の背後を顎で示す。


 恐る恐る、嫌な予感をひしひしと感じながら、そっと背後のアルを振り仰いだ。


「僕とユキの、子ども……!」


 そこにはこれ以上ないほどに瞳を輝かせるアルの姿が。


 キラキラと、アーサー以上に純真で可愛らしい笑みをその顔に浮かべて、希望に満ちた目でアーサーを見ている。


 あっ。あかんわこれ。


「あ、アル……?あのね、子どもっていうのはね、フリとかそういうので持つべきものじゃなくてね?」


「うん!僕知ってるよ!二人の愛の結晶なんだよね!?」


「ち、違う!」


「え、違うの?愛し合う二人が様々な困難の果てに子供を得て、幸せそうにしてたの、いいなって思ったんだけど……」


「うっ!いや、違わない……けどこの場合は違くて!」


 最悪だ!日頃のドラマの視聴が完全に裏目に出ている。こんなことになるなんて思いもよらなかった。


 アルの認識自体は間違ってない。愛し合う二人の愛の結晶として子供を授かりたい。唯一絶対の正解ではないけれど、そういう幸せの形もあるだろう。人間社会においては大変に普遍的な、どこにでも見られる感情だ。


 人間の社会文化、常識規範……普遍的な感情をアルが学んでいることは嬉しい。情操教育の成功と言えるだろう。私もママとして大変鼻が高い。


 でも、だ。この場合は違う。絶対に違う!!!

 アルの思うその『子供が欲しい』が一般的な恋情の結果なのかもよくわかんないし(本人は完全にそのつもりっぽいが)それに、なにより!


 子ども役をやるとかぬかしている当人がどう考えても胡散臭すぎる!


 びしりと強くアーサーに指を突き付けて、私は必死でアルに語り掛けた。


「あんな奴の言葉に騙されちゃダメ!真面目に子ども役なんか絶対にやらないし、大体子供を作るってそういうことじゃないのよ!役とかフリとかそういうのじゃ」


「じゃあ子どもつくるってどういうこと?」


「……」


 神様。私何か悪いことしましたか?見た目がとっくのとうに成人を迎えた男性(らしきもの)にこんなことを聞かれるのがここまで精神に来るものだとは思いませんでした。


 アルは悪くないけどシチュエーションそのものが気持ち悪い。助けてください。ほんとに勘弁して。


「お母さま、今時養子は本当の家族じゃないとか古臭いことを言うんですか?差別ですよ~それ」


「黙れ元凶諸悪の根源この世全ての悪」


「あはは、むしろ俺の方が魔王みたいな言い草だね!」


 何を爽やかに笑ってるんだみたいじゃなくてそうだよ。今この瞬間まさしくお前こそまさしく私の世界を滅ぼす大魔王だが?


 と、よっぽど言いたかったが、とりあえず私はぐっとこらえた。こいつと話していても不毛なことなどわかりきっているからだ。


 話せば話すほどアルの頭の中には『私がアーサーの母親』の印象が刷り込まれていくだろう。その果てに何があるか。それは目の前のアルが証明している。


 アルはなんだか夢見る少女みたいな顔で、ちょっと頬を赤く染めながら口元を覆っている。僕とユキの子供、とかなんとか。動作は可愛いが色々とアウトだ。


 アーサーが説得できない以上、私が語り掛けるべき相手は一人しかいない。


「菅原さん!駄目ですよね!?こんな得体のしれないやつを私たちのそばに置いておくなんて!」


 今までずっと私たちの様子を傍観するだけだった菅原さんに、私は食いつくような勢いで話しかけた。


 菅原さんは私の言葉の剣幕に驚く……なんてことはなく、相変わらずの無表情のまま。何を考えているのかてんで分からない冷静さで、メガネの蔓をかちゃりと言わせる。


「菅原さんも元々このアーサーを確保しなければ会話すらできないっておっしゃっていたじゃないですか!魔王とこんな危険分子を一つ屋根の下に放置なんて、機関が許すわけないですよね~!」


「それなんですが。今しがた、あなたたちの処遇について通達が下りました」


「はい?」


 通達?どういうことだ。菅原さんは電話なんかしてなかったはずだが。

 そんな私の疑問なんかお見通しなのか、菅原さんはとんとんと自分の耳を指の先で叩いた。


 見れば、菅原さんの耳元にはワイヤレスイヤホンのような器具がくっついている。

 というかあれ、インカムだ。


 なるほど。今まさに私たちの話している裏で上層部と話し合っていた、と。


 私の頭がようやく納得を迎えるころに、菅原さんは淡々と告げた。


「先ほどご覧の通り我々はアーサーを捕らえることができません。ありとあらゆる拘束術式、そのすべてがことごとく弾かれてしまいます」


「はあ。それはわかってますけど、それと今この状況に何の関係が」


「しかし魔王は違う。アーサーが慌てて彼の攻撃から逃げている通り、魔王の攻撃であればいともたやすく彼を砕ける。拘束も容易でしょう」


 なんか雲行きが怪しくなってきた。


「魔王ほどでなくともアーサーも十分に要観察対象の危険生物、そしてその危険生物はあなたたちのそばにいることを希望している。となれば我々が取るべき手段は一つ」


「聞きたくない聞きたくない、何も聞こえない」


「ユキさん。あなたにはアーサーのママにもなってください」


「嫌だー!!!」


 私は絶叫した。身も世もなく泣きわめいた。私はすでに成人済みの立派な社会人だったが、そんなこと気にしていられなかった。


「またですか!?またこのパターンなんですか!?天丼にしても芸がなさすぎる!せめてもう少し趣向を変えてほしい!」


「趣向を変えたら了承していただけるんですか?では祖母に」


「そういうことじゃないんですよ!ていうか祖母!?おばあちゃん!私!花の!ニジュウダイ!どんだけ私の時空をゆがめれば気が済むんですかーっ!」


「ではパパに」


「性別まで歪めてどうする!!!」


 もう敬語も消し飛んでしまった。そんなこと気にしていられなかった二回目。


 どうしてくれようこの怒り。もうすでにあからさまに見た目が同年代の息子(らしきもの)を半ば押し付けられているのだ。

 いくら何でもこのまま、この間と同じように流されるわけには…!


「この部屋、随分風通しがよくなったと思いませんか」


 ひゅう。


 風が吹いた。機関の一室。私とアルが泊まり込む予定だった宿泊室。

 先ほどのアルとアーサーの攻防で、壁にはひびが入りどころか一部は砕け、床はところどころ踏み抜かれてデストラップと化している。


「あの。それって私のせいになるんですかね……」


「とまでは言えませんが。ただそもそもなぜ魔王がここにいて、部屋を壊せるほどに元気で、私たちが頭を悩ませているのかというと。どこかの酔っぱらいOLがあからさまに危険な地球外生物をノリと勢いのままに保護したことがすべての原因と言えなくもないですね」


「……」


 そして。


「やったー!ありがとうママ!明日は手料理でお祝いしてほしいな!」


「次ママって呼んだらお前を手料理にしてやる」


「目がガチじゃんこわ」


 同居人が増えた。

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