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第20話


 母の日に開催された試合で3度目のタイトル防衛を果たしながら白星での防衛ができなかった貴子は、試合から1週間が過ぎて、再びジムでの練習を再開した。貴子の練習復帰初日のことでした。2年前の春に高校入学と同時にジムの練習生として入会した男子高校生と偶然にも練習で遭遇することとなった。

「吉見さん。先日の防衛戦。タイトル防衛できたけど引き分けだったのは残念だったよね。俺の姉貴は吉見さんの高校の同級生なんで、吉見さんの試合の応援していたんだよ。今度は白星でのタイトル防衛。がんばってな。」

と声をかけると、

「もしかして、K-1に憧れて入会した西野勇輔君だろ。」

と貴子が聞くと、

「そうだよ。俺の家、ジムからも高校からも近いんで高校に入ったのと同時に、ここのジムに入会することにしたんだ。ちなみに、俺。高校は大串に行ってるんだ。吉見さんとは高校も先輩と後輩の関係になるんだ。」

と勇輔は答えた。

「私の高校の同級生に西野姓は2人いたみたいだけど、私は商業科だったからバレーボールをしてた西野君は知ってるけどね。私と同じ学年で西野さんといえば普通科のクラスじゃなかったか。」

と貴子が聞くと、

「そうだよ。俺の姉貴。大串高校の普通科だったよ。」

と勇輔は答えた。

 それから2週間後。貴子は、原島会長から連絡が来て、当日は店の仕事を休んでスーツ姿でジムへ向かうこととなった。ジムには報道陣が集まっており、ここで貴子のOPBF東洋太平洋女子フライ級チャンピオンの秋野屋まさえへの挑戦が正式に決定となり、それと同時に貴子のOPBFランキングも5位から3位に浮上となった。OPBF東洋太平洋タイトルマッチが決定した貴子は記者会見が終わって報道陣が帰ってから、しばらくすると自転車のブレーキ音が聞こえた。偶然にも勇輔が学校の授業を終えてジムへの練習に来る時間となっていた。ジムの玄関先で1人のトレーナーが貴子のOPBF東洋太平洋タイトルマッチのポスターを貼るところを目撃した勇輔は、

「吉見さん。東洋太平洋タイトルに挑戦ですか。がんばってください。」

と貴子に声をかけた。

「勇輔君。会長から聞いたよ。プロテスト受けろと会長から言われているのにK-1に行きたいからプロテスト受験しないんだってね。高校卒業後はキックボクシングのジムに行くつもりなの。」

と貴子が勇輔に聞くと、

「そのつもりだよ。ここのジム。家からも高校からも近くて自転車で行ける距離だから通っているけど、高校卒業後は大学へ進学するつもりで、ここのジムは高校卒業と同時に退会するつもりだ。俺が希望している大学の近くにはキックボクシングのジムがあるから、こちらのジムへ移籍するつもりでいるんだ。」

と勇輔は答えた。

「そういえば、勇輔君。ウエイトはスーパーウエルター級じゃなかった?」

と貴子が聞くと、

「そうだよ。」

と勇輔は答えた。

「男子でもミドル級を前後して体重の重いクラスは日本での対戦相手が他のクラスより少なくなる傾向にあると聞いたね。だから、ここのウエイトだったらボクシングのプロライセンスを取得するよりは対戦相手での条件面でいいK-1の方がいいと見たワケなんだよね。」

と貴子が言うと、

「その通りだよ。」

と勇輔が答えると、

「どうりで。」

と貴子は薄々ではありながら納得の表情を示した。


 記者会見から2日後のことだった。貴子のスマホに江麗奈からメールが届いた。



 昨日のスポーツ新聞の記事見たよ。

 東洋太平洋チャンピオンとタイトルマッチ戦うんだって。

 今度の対戦相手の秋野屋まさえ。この選手、以前対戦した相手のうちの1人で現在は女性から男性へと性転換したライバルがいたみたいだけど、その選手を相手に勝ってるんだ。ちなみに、その対戦相手の選手が秋野屋まさえのプロデビュー戦の対戦相手だったんだ。秋野屋まさえと対戦した女性から男性へと性転換した選手は男子の試合でリングに立ちたいと主張しているみたいだけど、日本ではコミッションの規定で試合には出場はできず、現役引退という扱いとなったんだって。今までの対戦相手の中では私から見ても秋野屋まさえは手強い相手だよ。たかちゃん、東洋太平洋チャンピオン目指してがんばれ。

 それから、もう1つ。3週間後の土曜日になるんだけど、東京湾納涼船に一緒に乗ろうよ。もしかしたら新しい恋見つけられるかもしれないよ。


 江麗奈



 江麗奈からの誘いのメッセージを見た貴子は返事のメールを送信した。



 東京湾納涼船。夏になるとテレビでも話題になっているんだってね。3週間後の土曜日でしょ。行けるよ。


 たかこ



 江麗奈へのメッセージを返信した貴子は江麗奈との夜の船旅に夢を膨らましていた。

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