第26話
ジムからの帰りに、たまたま春樹は恵美と出くわし、駅前の喫茶店で格闘技談議に花を咲かせた。
「三浦麗香が5月に本来対戦する相手が、試合の3週間前に妊娠していたことがわかって、試合が中止になったことは知ってる?」
「オレ、この話は有美子ちゃんと同じジムに通っている知り合いから聞いたよ。女子選手の場合、試合の2週間前に妊娠検査を行うことが義務付けられているんだよ。そこで合格しないと、試合はさせてもらえないとの話を新聞で見た。」
「はるくん。有美子ちゃんと同じジムの知り合いってことは、もしかして、フライ級の吉見貴子というプロボクサー違うの。」
「バレたか。そうだけどね。11月に吉見と試合をする対戦相手の武田有美も、実は、ボクシングを始めた動機が、付き合っていた彼氏が他の女性と二股をかけていたことが原因なんだよ。その彼氏とは結婚することを真剣に考えていたみたいで、彼女、すごく怒り心頭に達して別れたんだよ。それが原因で空手からボクシングに転向したとの話だよ。」
「誰から、その話聞いたん。」
「吉見貴子本人から聞いたよ。」
この日は、恵美と春樹は、こんな話をした。
それから、次の週の休日。春樹は、ショッピングのついでに、ちょっくら原島ジムの方へと遊びに行った。ジムでは、サンドバック打ちの練習に打ち込む有美子の姿があった。
「有美子ちゃん。プロテスト合格したんだって。おめでとう。」
「なんで知ってるの。」
「インターネット上で合格者の名前が掲載されていたから。で、有美子ちゃん。デビュー戦は、いつの予定なの?」
「まだ決まっていないけど。11月の末か12月に入ってからかな。」
「12月だったら、有美子ちゃんの誕生日も近いね。誕生日だったら、誕生日を勝利で飾りたいね。」
「とにかく、がんばるから。応援してね。」
「電車の時間、近いからもう帰るわー。とにかく、がんばれよ。」
有美子と春樹は、ジムの中で、先日行われたプロテストのことについての話をした。
それから1週間後、ついに麗香の防衛戦の日がやって来た。この試合は、貴子と真理奈が麗香のセコンドについた。試合開始から1分20秒。麗香はKO勝利で防衛に成功した。試合の翌日、春樹は、この試合の結果を新聞で見ることとなった。この日は、運動会の代休で暇だったらこともあって、春樹の卒業した高校に当時の恩師の先生を訪ねて、ちょっくらと足を運んだ。その帰り道、有里の家の酒屋の前で、貴子と有里にバッタリと再会した。貴子と有里が春樹のもとへと駆け寄って来て、
「はるくん、たかちゃん。」
と有里が言うと、
「はるくん、今度、私、武田有美と試合をすることは知ってるでしょ。」
と、貴子が春樹に言った。
「試合まで残りもう1カ月切ったんだな。たかこちゃん。今日、学校は休みなの。」
と、春樹が貴子に聞くと、
「今日は創立記念日で休み。」
と答えた。それを聞いた春樹は、
「そうなんだ。」
と、言った。
「この試合に勝ったら、もしかしたら、タイトルマッチのチャンスだってあるかも。だけど、私の戦っているクラスは同門の麗香がチャンピオン。だから、1階級下のライトフライ級でタイトルマッチを戦うことになるみたい。絶対に勝つから。」
と貴子は試合に向けて自信たっぷりに話した。
「後援会に入ったら、先々、割引等の特典があるから入ってよ。」
と、有里に誘われた。
「後援会に入るんだったら、入るのに1万円くらいの会費が必要になるんじゃないのか。」
と、春樹が有里に後援会入りのことを聞くと、
「個人の場合は2,000円。入るつもりなの。入ってよ。」
と、突っ込まれると、
「お金のことになると、また、いろいろあるからな。」
と春樹が言うと、
「どうせ、旅行のことでしょ。」
有里から突っ込まれてしまった。
「とにかく、後援会の方では1人でも多くの会員に入ってもらいたいから入ってよ。」
と誘われたので、
「考えておくよ。」
と春樹は返事をした。春樹が急ぎ足で家路の方へと歩き出すと、
「もう帰るの。はるくん、以前、私のこと好きって言ったよね。はるくんは、今、彼女いるの。」
と貴子が言い出した。
「今のところ、付き合っている女(ひと)はいないよ。」
と、春樹は答えた。
「そうなの。私の試合は3週間後、東京の後楽園ホールで行うの。絶対に応援に来てね。私、絶対に勝つから。はるくん、あなたは女性との恋愛では絶対に二股をかけない男性(ひと)だから。あなたが好き。私が試合に勝ったら、真剣に私と付き合うこと考えて!!」
と、貴子は春樹に告白した。春樹は、何も言わずに無口で、その場をあとにした。
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