第35話
でも私は晴れて自由の身になった。
スキンヘッドの男が目を覚ます前に私はこの場から一秒でも早く立ち去るべきだし、今の男も帰ったみたいだからカレールウなんか放っておいて私は安全な場所に逃げなきゃ…
あの人は話した感じ悪い人には見えなかったけれど、だからって良い人にも見えない。
どっちも関わるべきじゃないわ…!
そう思って慌てて繁華街へ駆け出したけれど、数メートル走ったところで私はすぐにその足を止めた。
それからもう一度さっきの路地裏を覗けば、私を助けてくれた男はその先の小さな建物の中に入ろうとしていた。
手前ではやっぱりまだスキンヘッドの男が伸びていた。
…カヤ…どうする?
このまま逃げる?
それとも言われた通りカレールウ買って届ける?
でもあの人も見るからに十分ヤバい人だよね?
だって自分があのスキンヘッドの人をあんな風にしたのに、そのまま放置して行くような人だよ?
しかも見向きもせずに跨いでたよ…!?
でも、あの材料だけじゃあ一生カレーはできないよね…?
「どうしよっ……」
———…少し悩んだ結果、私はあの人の赤くなっていた口の左端を思い出してそのままコンビニへ向かった。
人に買い物を頼むなら最低限お金は渡すべきだと思いつつも、メーカーは何でもいいのかとか味は無難に中辛で問題ないのかとか、私はなぜかまじめに頼まれたおつかいを果たそうとしていた。
コンビニを出た私は、さっきあの人が入って行った建物を目指すべくまたあの路地裏に入った。
そこにはまだあのスキンヘッドの人が横たわっていた。
今起きられたら困ると思った私は、その人からできるだけ距離をとってそこを通過した。
あの人のお店とやらは小さくて、なんだか重々しい雰囲気だった。
何屋さん…?
中から人の気配は感じないから、今はきっと営業時間ではないのだろう。
さっき言われた鬼のステッカーは可愛いキャラクターの鬼とかではなくガチガチにリアリティーのある鬼で、深夜にこれを見るのは少し怖かった。
そのドアにはそのステッカー以外何もなくて、ここまで来てもここが何屋さんで今は本当に営業時間外なのかどうかは分からなかった。
店名すらも分かんないや…
———…コンコンッ
この建物の中がどういう構造かはよく分からないけれど、私はとりあえずそのドアをノックした。
なんとなく鬼の顔を叩くのはやめておいた。
「……」
応答なし…
これはもう行くしかないか。
———…ガチャッ…
変な輩の集団が私を待ち構えていたらどうしようと少しドキドキしていたけれど、その扉を開いて現れたのは薄暗くて細く短い通路のようなものだった。
私はすぐに中に入りドアを閉めてその先へ進んだ。
やっぱり中は静かだった。
お香かな…
臭くはないけどいい匂いでもないような独特のものが鼻を掠めて、それはあの人の怪しさをより一層引き立てていた。
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