第34話
「あの…」
「いややっぱ何か足んねぇ…絶対なんか忘れてる…」
ここに来た時と同じようなことをまたボソボソと言いながらゆっくり立ち上がったその人は、袋の中身にいまだ意識が向かっていて私の言葉なんて全く聞いている様子はなかった。
「あの、」
「もういいや…作ってみりゃ分かんだろ…」
「あのっ!!」
「…は?」
私の張り上げた声にやっと袋の中からこちらに顔を向けたその人の口の左端は、よく見たら少しだけ赤くなっていた。
「…もしかして殴られました?」
「…別に大したことねぇよ」
「ちょっと赤くなってる…」
私がそう言ってその人の顔に右手を伸ばそうとすると、その人は私に触られたくないのかふいっと顔を背け、それでもやっぱり袋の中が気になるのかこちらに体を向けつつもまた袋の中を覗いていた。
「てかあの人死んでないですよね…!?」
「あれくらいで死ぬかよ」
「なら良かった…」
一向に袋から顔を上げないその人に、私も思わず目の前にあるその袋を覗き込んだ。
そこに入っていたのは、人参と玉ねぎとじゃがいもと豚肉だった。
「これ…何作ろうとしてます?」
「カレー」
「…スパイスから作るんですか?」
「は?」
“は?”って…
いやだって、そうじゃないなら何を買おうがアレがないとカレーにはならないでしょ。
「別にできてるカレー買えよって思うだろうけど俺は今レトルトの安っぽいカレーが食いたいんだよ」
違う違う、そこじゃない。
「カレールウ忘れてます」
「え?…あぁ、なんだ、それか」
ずっと何かが足りないと気にしていた割に、その人は案外冷めた反応だった。
そしてやっぱりその目線は袋の中に向けられたままだった。
不思議な人だと思いながらも、私はやっぱり向こうでいまだ伸びているスキンヘッドの男の生死が気になって仕方なかった。
全く動いてない………と思ったけど、よく見ると胸は微かに上下に動いていたから死んでいないのはちゃんと分かった。
でもこれは本当にヤバいんじゃないかな。
傷害罪みたいなのとかになるんじゃない?この人。
私がいれば警察に捕まっても正当防衛で通るかな。
「ならそれはお前に頼んだ」
目の前にいたその人のその言葉に、スキンヘッドの男を見つめていた私は「えっ、」と驚いてそちらに顔を向けた。
「俺は先に帰っとくわ」
その人はそう言って、またさっきと同じように路地裏の方へだるそうに歩き始めた。
「え?いやいや、あの、」
「…あぁ、そうか。あそこ俺の店だから」
そう言ってこちらを振り返りながらもその人が指を差したのは少し先にある小さな建物だった。
「あのドアに鬼のステッカー貼ってるとこ」
路地裏は薄暗いからどこのことを言っているのかは分からなかったけれど、その人はそれだけ言うとまたこちらに背を向けて歩き始めた。
その途中スキンヘッドの男の真横を通る時、大きく広げたスキンヘッドの男の左腕をそちらを見向きもせずに跨いで行ったその人に、私はただならぬオーラを感じた。
実際私は見ていなかったけど、あのスキンヘッドの人が今ああなっているのは確実にあの人が何かしたからなのだろう。
あの音から推測すればまぁ殴り倒したんだとは思うけれど…
人ってどんだけ殴られれば気を失うの?
その上そちらを見向きもせずに跨いで立ち去るなんて…あの男頭イカれてるな…
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