第33話
33
裸のままシーツに包まって夕方になった。
瑞季の汗ばんだ額を撫で上げて、キスをする。
上半身を起こして、脱ぎ捨てたスウェットを拾い上げた。
ポケットを弄って煙草を取り出す。
瑞季は寝転んで丸くなったままだ。
背中の大きなバツの切り裂かれた傷を一瞥して、何度か見た事のある隣人の男を思い出していた。
吐き出した煙りの中にその男を描きだす。
瑞季の父親を名乗るその男は、ヒョロヒョロと背が高くて、顔はどこぞのホストみたいに整っていた。
いつも、酒臭くて、高そうなブランドのアクセサリーをジャラジャラと身体に纏い、いつも、人を見下すような視線をしていた。
怒鳴り声はしょっちゅうで、何かが割れるような音もよく響いていた。
そんな音がした日は決まって瑞季はどこかから血を流して俺の家に逃げてきた。
背中の傷を負ってうちへ来た日は…さすがにビビった。
歩いて来た道のりにボタボタと血痕を残して…途中で気を失った。
その時ばかりは瑞季の母親がやって来て、二人で車を使って病院に運んだんだ。
瑞季の母親はガタガタ震えながら、長くて赤い爪をギリギリ噛みながらハンドルを握っていた。
後部座席で膝枕をしながら、背中からどんどん血が流れる瑞季を…俺は吐き気を抑えながら抱きしめ続けた。
あの日で、子供ながらに隣りの家族は崩壊したんだと感じていた。
なのに…
終わらなかった。
何針も縫って繋いだ皮膚がケロイド状に完治した時には…
瑞季の母親は六人目の子供を身篭っていたんだ。
瑞季は…母親が好きなんだと思う。
瑞季の基準は全部母親で…見てるこっちが辛くなる。
他人の俺から見ていても母親が…瑞季を見ていない事は分かっていた。
だから、瑞季はたまに辛い顔をして笑う。
俺はそれが…大嫌いだった。
『瑞季…』
「…ん?」
背中を向けたまま返事が返ってくる。
俺は煙草を空き缶に捨てて、瑞季を背中側からギュッと抱きしめた。
「腹減った…」
『もうちょっとしたら飯だ…』
「腰が痛い」
『悪りぃ…無理させた…』
腕の中で瑞季がモゾモゾとこっちを向くと、俺を見つめた。
サラサラ流れるミルクティー色の髪。
その隙間から覗く日本人離れした整った顔。
『好きだ…まだ抱きたい』
さっきまで思い出していた忌々しい記憶のせいで言葉がストレートになる。
コイツは…俺の大切な幼馴染みで、親友で…
恋人なんだ。
もう誰にも傷つけさせない。
「何…孝也、怒ってる?」
『…怒ってるよ…おまえを…もっと早くこうしてれば良かったって…バカな自分に腹が立つ。』
俺が頰に手を掛けると、俺の大嫌いな、辛い顔をしたままの笑顔で
「バカ……俺、今1番幸せだぜ?」
なんて言うから、合わせた額をグッと更に押しつけて…俺は泣き出してしまった。
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