第10話

10


クラスはA組。

102号室の二人も同じクラスだ。

知り合いが多い方が瑞季をフォローしやすい。

担任は松岡とか言う体育会系の男前だったな。

きっとあのバッチリ馴染んだジャージ姿からして万年ジャージに違いない。頭にタオル巻いてるし…。

まぁ、カチカチの堅物より良い。多少の事ならきっと目を瞑るタイプの先公だ。

初日だけあってオリエンテーション的な事が多くを占めた。

教室で、何かの説明がある時は昨日の寝不足がたたって机に突っ伏して居眠りばかりしてしまった。

窓際の席に座る瑞季はきっと外ばかり見てるに違いない…。

中学の時も窓際になったらいつも遠くを見てた。

ミルクティーの髪色がキラキラして、女子がキャーキャー騒いでたっけ。


キーンコーン…

チャイムがなって、瑞季は直ぐに俺の席にやってきた。

「昼飯…腹減った」

『おぅ、学食買いに行くか』

「だな…俺、外で食いたい」

『はいはい』

瑞季の希望に返事を返したら、廊下を5人くらいの上級生が歩いているのが見えた。

口笛を吹いたり、下品な笑い声がしたりする。

窓から顔を出して

「今年の一年、良いの居るじゃ〜ん」

「へへ、マジでヤバいな」

ゲスい会話をわざと聞こえるように教室に投げ込んでくる。

教室がザワザワと騒めき、一気に警戒した空気が流れる。

瑞季には大人しくしていて欲しかったのに、俺を置いて教室を出ようとする。

バァーンとでかい音を立てて教室のドアを開ける瑞季。

俺は慌てて後を追う。

廊下に出たら、赤いバッジを付けた二年生が瑞季の手首を掴んだ。

「おまえ威勢良いな…」

瑞季が先輩を睨み付ける。

俺は瑞季の手首を掴む先輩の手を掴んだ。

『先輩、すみません、離して貰っていいっすか?』

瑞季が勢いよく男の手を振り解いた。

「触ってんじゃねぇよ」

「面白いじゃん…」

「ヒュ〜…ロックオン」

「美人は怒ったらそそるなぁ」

瑞季は茶化されるのを無視して、廊下を歩いて行く。

俺は先輩達の冷やかしを受ける瑞季を追いかけた。


廊下を曲がった階段の踊り場で瑞季の手を掴む。

『おいっ!』

ブンッと振り払われて、また先に行こうとする瑞季を両手首を掴んで壁に押しつけた。

『瑞季っ!!』

「何だよっ!離せっ!」

『良いかっ!よく聞けっ!ここは外の世界と違うんだよっ!あんな事して目ぇつけられたら!』

「…離せ、孝也」

ギラッと眼光鋭く睨み付けられる。

俺は溜息を吐いて、握っていた両手首をゆっくり離した。

こうなったら俺の言うことなんか聞かないんだ…

離した手がだらしなく垂れて俯いた視線の先の瑞季の足先を見つめた。

その足先が一歩俺に近づく。

顔を上げると、キラキラ輝くミルクティー色の髪の隙間から長い睫毛が見えた。

それは俺の顔にあっという間に近づいて…瑞季の唇が俺の唇を塞いだ。

ジワジワと目を見開いてしまう。

柔らかな唇と、白くて滑らかな肌が…重なってる。

俺は両手を宙で持て余し…恐る恐る瑞季の肩に手を掛けた。

フワッと離れた唇がニヤリと口角を吊り上げる。

「孝也は俺が心配なんだろ?だったら…こうやってさぁ…キスしたり…続きしたり…誰かに何かされる前に、おまえが先に汚せばいいだろ」

『なっ!!何言ってんだよ』

驚く俺の顔を様子でも窺うみたいにジッと見つめてくる。それから何かスイッチが入ったみたいに大笑いし始めた。

「…ふふ…ハハ…アハハッ!バーカッ!ウッソだよ!」

瑞季は俺のネクタイをグイと引っ張って顔を寄せた。

「おまえがあんまりに困った顔すっから揶揄っただけだよ」

ポイッとネクタイを放り投げるように突き放され、よろめく。

『やっ…止めろよ!マジ、ビビんだろ!おまえなっ!上級生に頼むからあぁいう煽りすんのだけはやめてくれ!男子校なんだ!あるんだよ!おまえが思ってるよりずっと酷い事件がっ!』

両手を握り拳にして力を込めて力説する俺に…


瑞季は怖いぐらい綺麗な顔で冷笑った。


ゾクッと背筋に悪寒を感じて骨の芯が震える。

「孝也ぁ…酷い事件は…もうずっと昔から俺に起こってるんだよ」

『っっ!………』

俺は歯を食いしばった。

ブレザーの襟を抜くように後ろにズラして…

「雨が降る前になると…事件は今も身体で繰り返してる…孝也…おまえだけだよ…それを知ってるのは」

確かに、雨が降る前…瑞季の背中の古傷はいつも疼いていた…。

人気のない踊り場を通り過ぎて階段の下から俺を見上げてくる。


それはさっきまでの顔じゃない。

あんまりに無邪気に微笑んで…

古い洋館を思わせる校舎のせいだ…

おまえが…天使みたいに見えるだなんて…


「俺はおまえが居れば…大丈夫」

瑞季が言う…。


カッと顔面が熱くなるのを感じた。

フイっと視線を逸らしてしまう。

『俺はおまえの専属ボディーガードじゃねぇからな!』

吐き捨ててケラケラ笑う瑞季を追った。

見えない翼をキラキラさせて…

捕まらない 捕まらない。


歯車が…カラカラと…


カラカラと…上手く噛み合わなくなる…

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