第32話
「……」
「……」
その人は怒っているわけではなさそうだけれど、私が鍵を持っていることを良くも思っていなさそうだった。
ここは誰の場所でもないはずなのに、そんな“何やってんだ”みたいな空気を出されても困る。
私の立つ段差の直前まで来たその人は私よりも断然背が高そうだったけれど、一段下にいるせいで私を見上げるような形になっていた。
「ここって普段から先生すらも出入りしてねぇからさ、あんたみたいな普通の生徒が鍵を簡単に持ち出すことなんてできねぇと思うんだけど」
「……」
「職員室からどうやってここの鍵持ち出したんだよ?」
「……」
一見すると優しく私に質問しているようなその人のその言葉の節々には、見落としてしまいそうなほどの小さな棘があった。
私は鍵を持ち出してなんかない。
川口が生徒会長である従兄弟に持ち出してもらって、それの合鍵を作って私にくれたというだけのことだ。
それは確かにいけないことだけど、同じように屋上へ出ているこの人になぜそれを責める権利があるのか。
「いやでもまぁあんたの言いたいことも分かるぞ?」
…は?
「死ぬんだから別にそんなことどうでも良くねって感じっしょ?」
やっぱりこの人は私が今から死ぬんだと思ってるんだ。
だとするとやっぱりその口調は軽すぎる。
人が死ぬって全然日常的な出来事じゃないよね?
知らない人とはいえ、普通止めようとかは思わないの?
「でもさ、おかしくね?」
「……」
「見た感じあんた一年だろ?何で一年がこんな誰も目をつけないような場所の鍵持ってんの?“俺だけじゃねぇのかよ、まさか他にもここの鍵持ってる奴いんのか!?”ってなるだろ、普通に」
「……」
やっぱり話はそこに戻るんだ…
“俺だけじゃねぇのかよ”ってことは、この人も鍵を持ってるんだ。
そうだと分かった瞬間、ポケットに入っていた川口からもらった鍵の価値が一気に薄れていく気がした。
あんなに感動したのに…
男はうんざりしたような顔で「それはさすが萎えるわぁ」と独り言のように呟いた。
「他にもいんの?ここの鍵持ってる奴」
「……」
「てか誰かに言ったりした?鍵持ってるって」
「……」
何も言わない私に、その人はズボンのポケットに両手を入れると「はぁっ、」と深いため息を吐きながら屋上から見える景色の遠くを見つめた。
「だんまりかよ…死人に口なしってやつな?」
…いや、それたぶん意味違うよ。
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