第10話
二人が死んでから一年、
私はたまに声が聞こえる。
“マリ、早くお前もこっちへ来い”
これは単なる私の妄想かもしれない。
でも、本当に聞こえるんだよ。
あれは絶対にお父さんの声だ。
お母さんと二人になりたくて、私も含めた自分達以外の人間が邪魔になって死んだであろうお父さんがどうして私を呼ぶのか。
その真の目的は謎だけれど、推測するのは簡単だった。
実際のところ、お父さんは私を呼び寄せたいわけじゃない。
ただ、こっちの世界に二人のことを知る人間を置いておくのが嫌なんだろう。
二人の存在すらも、二人のものにしておきたいんだろう。
中三の夏休みが終わってすぐの頃、お母さんが近くのビルから飛び降りた。
その事実を知らされた時、“あれ?お父さんのことあんなに大好きだったのに?”と私は不思議に思ったけれど、お母さんの残した遺書を見てなんだか妙に納得がいった。
『あなたが先に死んでしまうのが怖くてたまらない』
その遺書の内容はたったその一文だけだった。
でも全てを読み取るにはその一文で十分だった。
その手紙にある“あなた”が私ではなく父親であることは疑う余地もなかった。
私はお母さんをなんて弱い人間なんだろうと思った。
それと同時に、なんて恐ろしい人間なんだろうとも思えた。
だってお母さんはお父さんが後を追ってきてくれることを絶対に分かっていたから。
そしてお母さんが死んでたった二日後、お父さんはその通りに同じ場所から飛び降りた。
なんて自己中な二人なんだろう。
二人は完全に二人の世界に陶酔しきっていて、そこに娘である私なんて欠片も存在はしていなかった。
お父さんは遺書らしきものは何も残さなかった。
そりゃそうだろう。
だってそんなもの必要ない。
お母さんがいないならきっとお父さんからすればこの世界に生きる価値なんて見出せないだろうし、言葉を残したいと思える相手もいるわけはないんだから。
この娘にでさえも、残す言葉はないんだから。
私はそんな二人を軽蔑している。
お互いがいなきゃ生きていけないなんて自分の親でありながらなんと愚かな人間だろう、と。
私は絶対にそうはならない。
どれだけ呼ばれたって、あの二人の思い通りにはさせない。
その決意は確固たるものなのに、それでも時々分からなくなる。
私今、ちゃんと生きてるの———…?
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