第29話

———…ススッ…



「きたきた」


私が出て来た瞬間そう言ったお母さんは、いつも座る自分の定位置ではなく私の斜め前でありサナがいつも座る席に座って私を待っていた。


「…いただきます」


「はい、どうぞ」


今日の夜ご飯、サナの好きな生姜焼きだ…


横に添えられたキャベツは冷たかった。


朝あんな感じで家を出てしまったサナのために好きなものを作り、私が食べる時に冷たいまま出せるようにきっとキャベツだけ別皿で冷蔵庫で待機させていたんだろう。



「…ずっとそこにいるの?」


「え?うん…ん?見られてると食べにくい?」


「そんなことないけど…向こうでテレビ見てたんでしょ?いいよ?私これ食べたらちゃんと洗っとくし」


「えー。あんたらの綺麗に食べたお皿を洗うのがお母さんの生き甲斐なんだからそれ取らないでちょうだいよ」


「…あっ、うんっ…」


お母さんの言葉には当然のように自分も含まれていて、なぜか恥ずかしさに私の声は少し上擦った。


そんな私に、お母さんは「ははっ」と笑ってニコニコしていた。



それから私はお母さんに見つめられながら黙々とご飯を食べ進めたのだけれど、


「あっ、そうそう!」


何かを思い出したらしいお母さんの突然のその声に思わずビクッと肩を震わせた。


「よいしょっ」


そう言って徐ろに立ち上がったお母さんは、食器棚の前に行ってその場にしゃがみ込んだ。



「ほら、これ」


こちらに戻って来たお母さんが手に持っていたのは、見覚えのないスマホと紙袋だった。


「え?」


「新しい携帯」


「うそ…」


驚きつつ差し出されたそれを受け取れば、私の指先が当たって画面がぱっと反応した。


ロック画面は当然まだ初期設定のシンプルなものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る