第12話

私は更衣室へ戻りバッグの中の化粧ポーチを手に取ると、そのままパウダールームへと足を運んだ。



スライド式のドアを開けて中に入れば、そこには誰もいなかったことに私は心からホッとした。



大きな鏡が並ぶこの部屋にはそれぞれに座り心地の良さそうなしっかりとした椅子が置かれていて、正面には綿棒とティッシュ…



この会社は本当にすごい。



企業内のカフェとはいえ、私がこんなところで働けていることは奇跡かもしれない。





これも私の性格なのか、


七席ほどある中から私は奥の一番目立たなさそうな椅子に腰掛けた。



誰もいないとはいえ、さすがにど真ん中に座る勇気はない。



それに誰か来てもなんかちょっとあれだし…



私は早速化粧に取りかかろうと、眼鏡を外した。



「うわっ…何も見えない…」



家では鏡に近付いて化粧をするから問題ないけれど、こことなればまた話が違う。



私は椅子に座ったまま、できるだけ前に体を乗り出して鏡を覗き込んだ。



…うん、たしかにこの顔はヤバいな。


化粧をする時間をくれたユマちゃんには感謝しなきゃ。



そう思いながら前髪をピンで留めた時だった。



通路の方から数人の明るい声が聞こえて、私は思わずビクッとした。





もしかして、ここに———…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る