第36話

「さっきからなに訳分かんねぇこと言ってんだよ」


ソウちゃんにそう言われながら背中を軽く押されて、私はやっと止めていた足を再び動かし始めた。



自分の部屋の鍵を開けて部屋に入るまで、私は自分自身のありとあらゆる意識を隣である彼の部屋の方へ向けてみたけれど、当然そこからは何かを感じ取ることはできなかった。



さっき感じた運命の不思議な力なんてものは単なる思い込みだったらしい。
















「———…思ったんだけどさ、ソウちゃんってスーパーのお惣菜とか食べられるんだね」



買ってきた惣菜たちを温める術のない私達は、結局それらを冷たいままの状態で食べ始めた。


おまけにその惣菜が並ぶのは段ボールを逆さにした簡易テーブルで、買い物に行ったとはいえまだまだ無機質なこの狭い空間はソウちゃんが普段どんな家で暮らしているのかを知っている私からしてみればどれを取ってみても不釣り合いで申し訳なかった。



「なんだそれ」


「だって毎日シェフの作るご飯を食べてるソウちゃんが、だよ?」


「シェフなんかいるわけねぇじゃん」


誤魔化しきれないこの部屋の寒さに、私とソウちゃんは上着を着たままご飯を食べ進めていた。



「でも段ボールをテーブル代わりにしたのは生まれて初めてでしょ?」


「そりゃそうだけど」


「それにソウちゃんは冷えたご飯なんて…ましてやお惣菜なんて滅多に食べないよね?」


「……」


「電気だってなんだか薄暗い気がするし…どこかに隙間でも空いてるのかな?部屋の中なのに外と変わらないくらい寒いよね…」


「……」


「…ごめんね、ソウちゃん。やっぱり今日は帰っ」


「コト、」


優しく名前を呼ばれて無意識に俯いていた私がパッと顔を上げれば、あぐらをかいて座っていたソウちゃんは右肘をその開いた足に立てて頬杖をつくようにしてこちらを見ていた。



ソウちゃん…


お箸はいつ置かれたんだろう。



私がダラダラとつまらないことを言っていた間か。


…いっぱいいっぱいで全然気が付かなかった。



正面に座っていた私は正座をしていたからほんの少しだけ私の方が目線が高くて、少し上目遣いで私を見ているソウちゃんのその口元は意外にも少し笑っていた。



…あれ、てっきりうるさいとか何とか言って怒ると思ったのにな…



「あとで一緒に風呂入るか」


「え?」


突然の提案に少し驚いた顔をした私に、ソウちゃんは構うことなく「浴槽あるじゃん」と言った。

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