第35話

———…カン、カカン、カン、カカカン、…



相変わらず信用性ゼロの鉄骨階段を上がる私とソウちゃんの足音は、交差するみたいにお互いがカンカンと音を立てていたから結果的になんとも不規則なリズムの音を作り出していた。



気分の上がらない今は、こんな音でさえさっき駆け下りた時よりもやけに不快に聞こえるから不思議だ。




そんなことを思いながら階段を上り終えて、二人で歩くには少し狭い通路を私が前を歩くようにして二人で私の部屋を目指している時だった。




「…あ、そういやコトん家ってまだレンジもねぇよな?」


「うん、ないよ」


「あー…買ったやつスーパーのレンジで温めてくるんだったなー。今から行くか?いや、さすがにダルいか———…




…っておい、いきなり止まるなよ」


「……」



突然足を止めた私に少しムッとするソウちゃんを背後に感じながらも、私は驚きから何も言えなかった。







私があの人の部屋の前に置いたはずの洗剤が、ない———…







何度瞬きをしてみても、ないものはない。


なんならそのドアの周辺にすらもしっかり目をやってみたけれど、やっぱりどこを見ても私の置いたあの洗濯洗剤はなくなっていた。



あの人、ちゃんと回収してくれたんだ…!



「コト?どうした?」


「……」


ずっとそこで足を止めたままだった私に最初は「何してんだよ」とか「寒いんだからさっさと行けよ」とダラダラ文句を言っていたソウちゃんも、私がとにかく何も言わずに立ち止まっていることで少し動揺したような声色になっていた。




「ソウちゃん…」


「ん?」


「私…やっぱりこれで良かった…」


「え…?」


「こんなのもう、良すぎてお釣りが出ちゃうくらいだよ…」


「コト…?何の話だよ?」



私はポツリ、ポツリ、と言葉を紡ぎながらも、何もない彼の部屋のドアの前から目が離せなかった。


「全部だよ…この街を離れなかったこともそうだし叔父さんに“どんなとこでもいい”って言ったのだってそうだし、…もっと言えば叔父さんの家を出るタイミングとか与えられたのがここだったことも、それから今日の一日の流れも、…もう本当に全部」



なんならそれすらも導かれた運命だったんじゃないかとか…


突然舞い込んできた彼との接触が、彼の手によって無にはされなかった。




どうしよう…



本当に信じられないような展開になってきたかもしれない…




挨拶の洗剤を受け取ってくれたというただそれだけのことが、今の私には今後の可能性を確かなものにしてくれた気がした。





もしかすると今夜は回収されただけで明日には他のゴミと一緒に捨てられるかもしれないし、もしくは部屋の隅に置かれてそのままその存在を忘れられるかもしれない。



でも、もうそんなことはどうでもよかった。



彼はドアを隔てたすぐそこで私の最後の言葉までしっかりと聞いてくれていたんだし、一応あの洗剤だって受け取ってくれた。




初手にしては———…






…いや、やっぱり少し幸先が悪いか。



でもそんなものを簡単に覆せてしまうほどに、私は何だかよく分からない覚悟が決まった気がした。

























 


…でも、その時から私だって少しは思っていた。



“今後の可能性”って何?



私は彼との間に一体何を求めているのか、それは実はずっと求めていたものなのか、それともこうなってみて初めて求め始めたものなのか、



…それはどうして彼だったのか。



きっと彼以外の人なら何も問題はなかったはずだし、彼にとっても私以外なら誰でもそこに問題なんてなかったはずなのに。







でもだからこそ、私はそこに“運命”という名前をつけたんだ。

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