第34話
「二十一時も二十二時も変わんねぇと思うけど」
「変わるよー!二十一時過ぎたら閉まるとこがほとんどだもん。まだ開いてるっていう安心感があるでしょ」
「二十一時までいらなかったものは次の日でもいいものだろ」
「ソウちゃんは分かってないなぁ。遅くなれば遅くなるほど美味しいものの美味しさって美味しくなるんだよ」
「なんだそれ」
「…ははっ、自分でもよく分かんないや」
…ソウちゃんの手は温かかった。
ポケットに入れられているからというのももちろんあったとは思うけれど、やっぱりそれ以上にソウちゃんの人柄とか優しい部分とか…そういうのがすべてその手から伝わるみたいに滲み出ていたんだと思う。
…でもやっぱり私はどこか心ここに在らずだった。
ソウちゃんと話していても自分の気分が乗っていないのは手に取るように分かったし、目線だって無意識に下がるし会話が盛り上がるような返しも大して思いつかない。
スーパーに着いてもそれは変わらなかった。
私が何気なくソウちゃんに「ソウちゃん、何にする?」と言ったのに対してソウちゃんは「お前本当は買いに行く気なんかなかったろ」と呆れたように少し怒っていて、私にはそれがよく分からなかった。
でもそのあと惣菜のハンバーグを手に取るソウちゃんを見て、私はすっかり忘れていたことを思い出した。
「あっ、そうだ!ソウちゃん、ごめん!ハンバーグ食べたいって言ってたんだったよね!!」
私はさっき損ねてしまったソウちゃんの機嫌を取るようにそう言ったけれど、ソウちゃんはそれに対してさらにムッとした顔で私を見下ろした。
「ちげぇよ、バカ!」
「え…?」
「…俺チーズハンバーグって言ったろ」
その怒った顔と言っている言葉のギャップがあまりにも大きくて、私はついつい機嫌を取ろうとしていたことを一瞬で忘れてしまった。
「あー…ははっ」
「なに笑ってんだよ」
「だってチーズにこだわるソウちゃん可愛いんだもん」
「俺はチーズにこだわったんじゃなくて俺の言ったことをお前がちゃんと覚えてるかどうかにこだわってんだよ!」
「はいはい、そんなことよりチーズのハンバーグってないのかなー」
私がちょっと雑な対応で他の惣菜を見ようと歩き出すと、ソウちゃんは「お前うざっ」と言いながらも私の後をちゃんとついてきた。
結局ソウちゃんの食べたがっていたチーズハンバーグは惣菜にはなくて、ソウちゃんは最初に手に取ったハンバーグで我慢することになった。
ソウちゃんの可愛らしい一面のおかげで少しだけ気が紛れた私だったけれど、帰り道で自分のアパートが見え始めれば自然と足が重くなる気がした。
まだそこにあるであろう粉末洗剤を見たくなかった。
…挨拶の洗剤くらいでこんなの大袈裟だ。
でも、やっぱりこんなのただの偶然で片付けるには私にとっての一年半以上はあまりにも長過ぎた。
だからこそ今後を左右するであろう初手は大事だったのに…
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