第33話

「はぁ……」



もうちょい押せばよかったかな。


でもしつこいとか思われたら今以上に拒否されるかもしれないし…そうなればいつものように駅で顔を合わせたってこれまでのように彼を見つめることはできない。



私は“隣に越してきたウザい女”にだけはなりたくなかった。




とりあえず今は向こうの出方を待つしかないか…




「はぁ……」



何度目かも分からなくなるほどのため息を溢しながらまた玄関のドアを閉めて部屋の方へゆっくり振り返ったその瞬間、



目の前にいたソウちゃんに「コト、」と低い声で名前を呼ばれて私は思わずビクッと肩を震わせた。



「びっくりした…!ソウちゃん、そこにいたんだ!てっきり奥の部屋にい」


「飯どうしたよ、お前」


「…あ、忘れてた…」


二度目となるこのやりとりに、ソウちゃんは腰に両手を当てて俯くと「はぁっ…」と呆れるようなため息を吐いた。



「っ、ごめん!挨拶に夢中で!今から買っ」


「もういい、俺も行くわ」


「えっ、いいよ!ここにいて!?私ちゃんと買ってくるから!」


「いやたぶん無理だろ。今日のお前マジで使えねぇから」


そう言いながらまた奥の部屋へ行ったソウちゃんは、部屋の隅に置いてあった上着を羽織ってまたこちらに歩いてきた。



“使えねぇ”なんて失礼な…



…まぁでも、確かに使えないか。



「ごめんね?ソウちゃん」


「別にいいよ、部屋にいても暇だし」


さっきはあんなにも呆れていた割にソウちゃんのその口調はとても優しくて、それと同時にそっと私の頭に乗せられた左手は軽くそこでトントンと数回跳ねた。



そんな優しいソウちゃんとは対照的に、私はいろんな意味で自分の不甲斐なさに気持ちが沈んでいった。



今一人で家を出て今度こそちゃんとスーパーに行ったとしても、私はきっと買い物中も心ここに在らずでよく分からないものを買ってしまいそうだ。


もっと言えばスーパーにたどり着けるかどうかも分からない。











「ここから近いスーパーって何時まで開いてるんだろう」


「さぁ。二十一時とかじゃねぇ?」


「二十二時なら助かるな」


「なんで?」


「なんでってこともないけど…遅くまで開いてるスーパーが近くにあるといろいろ安心だし」




…だってこうしてソウちゃんと並んで歩いているにもかかわらず、私はもうすでにあの彼の部屋の前に置いた洗剤のことが気になって気になって仕方がなかったから。



ソウちゃんはアパートの階段を降りてすぐに、私の左手を取って握ると自分の右ポケットにそのまま私の手を潜らせていた。


それに私が何の反応も示さなければ、ソウちゃんもその意味や理由はおろかその行動に触れようとすらしない。



並んで歩くときにいつもそうされるわけじゃないけれど、これがいつもはしないことでもそれが私とソウちゃんならば何もおかしなことはなかった。



それにきっと、そこに意味や理由を求めたところでそんなものはきっと存在しない。

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