第32話
「ただいまー」
部屋に入って靴を脱いだって私の体や頭の中は左隣にいるはずの彼に意識を奪われていて、無意識にそちらの壁を少し見つめたりなんかしていた。
今、何をしてるんだろう…
ご飯とかちゃんと食べてるのかな?
でも、浮かれられたのなんてほんの一瞬だけだった。
どうするべきか分からずとりあえず部屋の前に置いてきたけれど、あの洗剤は一体どうなるんだろう。
明日の朝、同じ場所にそれがあるのかないのか…
突然妙な不安が芽生えた私は、もう一度ドアを開けて顔だけを出しさっきまで自分が立っていた隣の部屋のドアの前を覗いた。
私が置いた洗剤は、今もそこにあった。
もし使ってくれるのならば私が立ち去ったあとすぐにそれは回収されるのだろうと思っていた私は、そのままだった洗剤に少なからずショックを受けた。
さすがにずっとあのままってことはないよね?
“捨てるなりなんなり好きにして”と言ったのは私だけれど、まさかあのまま一度も自分の目で確認もせずにそのまま捨てたことにされたりなんかしないよね…?
…となれば、彼の中で私の訪問や私の置いて行った洗剤はもうなかったことにされてしまっていたりするんだろうか。
でも私はドアにぴたりとくっつくように置いてきたし、どっちにしたって明日の朝仕事に行く時にその存在をあの人は改めて知ることになるか。
…いや、
あの粉末洗剤は箱に入っているんだし、彼が明日の朝仕事に行こうとドアを開けたってその箱はそのままスライドするように右にズレるだけで、極端に重いわけでもないからきっとそこまで大きな音は発しない。
大した重さもない上に音も発しないなら、存在ごと忘れられてそのまま放置される可能性もなくはない。
「はぁ…」
さっきまで浮かれていたのが嘘のように、私は明日からの展開に少しだけがっかりした。
やっぱり液体タイプにすればよかった…
ボトルならドアが開いて倒れるとそれなりの音を発するし、それなら明日の朝になって彼が私の訪問を忘れ去っていたとしてもきっとさっきの数分がなかったことにはならない可能性も少しはあっただろう。
ていうか、そもそもだけど私のあの最後の言葉はちゃんと彼に届いていたんだろうか。
その少し前から無視され続けていたからそれもどうなのかよく分からない。
なんなら私が思うよりも全然早い段階に彼は玄関から奥の部屋に戻ってしまっていたりしたかもしれない。
さっきまでは“そこに彼がいる”と信じて疑わず、それを“運命”というものの不思議な力だなんてことを本気で思っていた私だったけれど、今となってはそんな根拠のない自信なんて何にもなくなってしまった。
ただ残ったのは、“直接家を訪問し、そこにいるのに出てはくれなかった”という事実だけ。
これは初手にしては幸先が悪い…
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