第29話
こういう場合はどうすれば…いやでも私はインターホンを押すことしかできないし、向こうは向こうできっとドアスコープから私の存在を確認済みなはずだ。
足音に躊躇いがなかったことを思えば最初から居留守を使おうとしていたようにも思えない。
だとすれば“私だから”ドアを開けないのかということになるのだけれど…
それならば私は全然納得がいかない。
顔を見ただけで拒否されるなんてそんな失礼な話はないし、上辺では私は彼に引っ越しの挨拶をしにきただけだ。
それにドアも開けず何も言わないなんて先が思いやられるわ…
ましてや私達の繋がりは“縁”ではなく“運命”だったんだから、もうどうしたって私達は切れっこないのに。
なぜか俄然強気になった私がもう一度バカみたいに大きな音の鳴るそのインターホンを押してやろうと手を伸ばしたその時だった。
「———…はい」
それは気を抜けば思わず聞き逃してしまいそうなほど小さくて、遠慮気味な男の人の声だった。
一年半以上も前から彼のことを知っていたというのに、彼の声を聞いたのはここに来て初めてのことだった。
今の…?
今のが彼の声…?
正解が分からないからたった一言だけでその判断をするのは難しかったけれど、でも間違いなく言えることはその声はこのドアの向こうから聞こえたということ。
だったらもう今のは彼の声で間違いないはずだ。
それからしばらく待ってみても彼はそれ以上言葉を発しなかったから聞き間違いや空耳ではないのかなんて疑いも少しは出てきたけれど…
本当にさっき彼が言葉を発したとするならば、会話としては今度は私が声を発する番だ。
もしかすると彼は今、それを待っているのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます